This Category : 旅・遠足

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2013
08/23
*Fri*

豊橋文化財センター

category : 旅・遠足 | 日記 | 日記
先週土曜日から水曜日にかけて、愛知に帰省してきたのですが。
その際、地元豊橋文化財センターでいただいてきたペーパークラフトでつくる
瓜郷(うりごう)遺跡復元住居、、

瓜郷遺跡復元住居(初級編)

初級編、作ってみました~。
弥生時代中期の住居だそう。
簡単なのに、スティックのりしかないからなかなかくっつかず

瓜郷遺跡復元住居(チャレンジ編)

チャレンジ編はまた次回。
こういう「ご自由にどうぞ」はとっても嬉しい!
一応、中をのぞくと真ん中に火があって人も4人居るんですょ。
そして、

金の大刀(豊橋文化財) 装身具(豊橋文化財:)
 
7世紀の金の大刀や、6世紀の装身具、

円筒埴輪(豊橋文化財) 

5世紀の円筒埴輪に、

穀物痕跡(豊橋文化財)

縄文時代の穀物の痕跡、、等々。
地元にも在ったんだなぁ、と(感嘆
展示はこじんまりでしたけどそれでも充分、地元の古代に近づけました。
あともう少し、展示物に説明がついてるとよりいいな。

しかし、
残念なことに、夏休みなのに他にだーれも居なくって。
もったいない・・
見てほしいなぁ、地元のみなさん。

豊橋文化財センター
【開館日】月~金、【開館時間】午前9時~午後5時
【所在地】豊橋市松葉町三丁目1(こども未来館「ここにこ」となり)
TEL 0532(56)6060 FAX 0532(52)2961


明日はボンドを忘れずに(メモ)

2013
07/29
*Mon*

遠足、さきたま風土記の丘(2)

category : 旅・遠足 | 日記 | 日記
さて、つづき。
今回はちゃーんと、お昼休憩取りましたょ。
いつもおむすび片手ですが(苦笑

有名どころのその前に、神社に挨拶を。
埼玉県の名前の由来となった前玉(さきたま)神社がこのすぐ近くに。

前玉神社Ⅱ  前玉神社Ⅰ

古墳の上に建立されています。
神前で手を合わせると、古墳群に向かって手を合わせる形になるとか。
その昔、幸魂神社とも書かれたそうで。
ご祭神が男女の神様(前玉比売神・前玉彦命)でもあるため、縁結びで
みなさん訪れるそうです。
なんとなく、玉つながりで親近感。
さぁ、古墳に戻りましょう。

二子山古墳

武蔵の国で一番大きな前方後円墳、二子山古墳(5世紀末)をぐるりと
回りながら、

将軍山古墳Ⅰ

展示館のある将軍山古墳(6世紀後半)へ。

将軍山古墳Ⅱ

チラホラ見える、復元の円筒埴輪。
見えますか!?
こちら、さきたま史跡の博物館のチケットで展示が見られます。

将軍山古墳断面

古墳の断面や

将軍山古墳副葬品復元

石室の内部、副葬品の復元も。
本物は、史跡の博物館で展示中。
古墳は先人の眠りの場ですから、礼を欠くことがないよう訪れたいものです。
挨拶を忘れずに。

さきたま古墳公園内Ⅱ

周りは一面、緑です。
そろそろ疲れてきませんか?
何か所か休憩場所は設けられていますが、日差しを遮るものがないので
夏場は要注意。
炎天下は結構、キツイです。

稲荷山古墳Ⅰ

次は、ヲワケさんの剣が出土した稲荷山古墳(5世紀後半)。

稲荷山古墳Ⅱ

さぁ、登りますよ。

将軍山古墳Ⅱ  丸墓山古墳Ⅰ

上からぐるり。
先ほどの将軍山古墳と、このあと向かう丸墓山古墳が見えます。

余談ですが、
ここで英国のグラストンベリー・トアに登った時のことを思い出しました。
上に立った時の感じ、見える景色、雰囲気がとてもよく似てる。
大王に仕える地方の臣というヲワケさんの話も、アイルランドのその昔大王
(ハイキング)とその下に集う地方の王たちのことを思い出して。
そして古墳の横を歩きながら、同じくアイルランドのニューグレンジを思い。
いったい、自分はアイルランドの神話が好きなのか古墳に惹かれていたのか、
何に引っ張られていたのか、行きつくところはこの古墳時代だったのか・・
わかったようなわからないような、結局繋がってるような。
歩きながら、妙な感じでした。
ただひたすら、ミゾオチ高鳴る。

もしかしたら、ゆっくり一周するうちに何か自分の奥の奥にあるものが出て
くるかもしれません。
とても静かで、巡礼的で。
お試しあれ。

稲荷山古墳Ⅲ

前方部から後円部へ進むと、

稲荷山古墳の埋葬施設

ヲワケさんの剣が出土したところ、復元。

稲荷山古墳Ⅳ

後ろを振り向いてみたりして

稲荷山古墳Ⅴ

そして降りる。

稲荷山古墳Ⅵ

ありがとうございましたm(_ _)m

さきたま古墳公園内Ⅳ

この辺りには少し木陰が。

丸墓山古墳Ⅱ

最後に日本一大きな円墳、丸墓山古墳(6世紀前半)。
昔、豊臣秀吉の家臣の石田三成がこの上に陣を張ったそうです。
いいのかなぁ。。

丸墓山古墳Ⅲ

登りましょう。
・・結構大変
急な斜面を横目に、この土を盛った人たちを思う。
(ここを踏みつけて戦なんてねぇ・・)

稲荷山古墳Ⅶ

春には桜が咲くそうです。
木陰で、稲荷山古墳に目を向けながら。
反対側からは行田市街、忍城がよく見えます。

丸墓山古墳Ⅳ

さて、ここを降りたら古墳一巡り完了。

さきたま古墳公園内Ⅴ

上の写真すべて、この同じ地の上に、古墳がつくられた時代も太閤秀吉の
世も平成の今もその間も、乗っているわけです。
目にしているこの瞬間も。

もう10分早ければ忍城まで足を延ばしたかったのですけど、向かう最後の
周遊バスに間にあわなかったのでまたの機会に。
古墳下、戦国時代の堤の跡を歩いた先には、

さきたま古墳公園の古代蓮

古代蓮の池。
なんだかかつてのひと時代、巡ったような気がしませんか?

今回古墳公園初体験、なんとも言えないこの時間感覚にすっかりハマり
ました。
すごいです、行田市、埼玉。
史跡の博物館も良かった!
身近なところ、やっと足元見た感じ。
まるで『アルケミスト』のサンチャゴみたい、なんて。

懲りずにここまでのおつき合い、ほんとうにありがとうございました。
ご存知のみなさん、体感はもっと!全然違いますょね。
これからのみなさん、異界探訪いかがですか!?

涼しくなったらまた、ゆっくり古墳巡りしたいです。
ほんとはすぐにでも(笑

古墳を大切に 

2013
07/28
*Sun*

遠足、さきたま風土記の丘(1)

category : 旅・遠足 | 日記 | 日記
すっかり1週間前ですが
行ってきました、さきたま古墳公園(国指定史跡 埼玉古墳群)。
この界隈、さきたま風土記の丘というそうです。
名前だけでも胸踊る!(嬉々

古代蓮の里から歩いても30分くらいだそうですけど、今回は無料周遊バスの
お世話になりました。
(8/4までの土日、運行中⇒熊谷市行田市縁結び観光周遊バス
暑さの中、古墳のために体力温存。
大事大事。

バスを降りると案内図、古墳が9つ。

さきたま古墳公園案内図

まずは道路挟んで南側、史跡の博物館方面から回ることに。
さぁ、歩いてみましょう!
駐車場の横にはもう、すぐに愛宕山古墳(6世紀前半)、

愛宕山古墳Ⅰ  愛宕山古墳Ⅱ
 

埼玉(さきたま)古墳群の中で最小の前方後円墳ですって。
案内がなければ気づかなかったかも

瓦塚古墳Ⅰ  瓦塚古墳Ⅱ

信号を渡ってはにわの館(はにわを作製できます)を過ぎるとまず目に入る、
緑きれいな瓦塚古墳(6世紀前半)。
こちらは埴輪の宝庫ですって。
左側の写真の真ん中下辺り、なんとなく前に出ている部分はまつり(儀式)を
行った場所だそう。

鉄砲山古墳裾

民家と古墳の間を抜けると、

鉄砲山古墳

江戸時代、周辺が砲術の練習場となっていたという鉄砲山古墳(6世紀後半)。

さきたま古墳公園内

その先には

中の山古墳  奥の山古墳

埼玉古墳群の中で最後の前方後円墳だという中の山古墳(左:6世紀末~
7世紀初)に、奥にあるから奥の山古墳(右:6世紀中~後半)。
この辺りまで足を延ばす人は少ないそうです。
静かでしたよ、蚊の羽音が気になるほど(苦笑
手足は出してない方がいいかも。
JR北鴻巣駅から歩くと60分でこちら奥の山古墳前に着、だそうです。

さきたま古墳公園移築民家

さて、戻ってさきたま史跡の博物館へ。
向かい側の移築民家ももちろん忘れず覗いて。

史跡博物館国宝埴輪

やぁ!(笑
博物館の展示室はふたつ、国宝と企画展。
こじんまりしていますが、国宝がいっぱい。

史跡の博物館国宝

輝いてます!

金錯銘鉄剣

先日BS歴史館で取り上げられた金錯銘鉄剣(きんさくめいてっけん)も、
ありましたありました。
(これ見て今回、遠足決行~)
どれもこれもうまく撮れませんでしたが、国宝展示室では他のお客さんに配慮
すれば写真撮影可とのこと。
↑の剣には「辛亥年七月中記」の文字。
1542年前の今頃ですよ!ちょうど(感動
「わたくしはワカタケル大王(雄略天皇)に仕え、天下を治めるのを補佐した」
と、かつて確かにこの関東の地に在ったヲワケさんという方。
1500年経っても同じ漢字で理解できるって、あらためて凄いことですね。
先人との対話。
果たしてこれから1500年の後に、この平成のあれこれは理解してもらえる
だろうか・・そもそも残っているだろうか、、疑問。

金錯銘鉄剣鉛筆

思わず購入、金錯銘鉄剣鉛筆。
まさか、後の世で多くの人にこれが伝わっているなんて思ってもみなかった
ことでしょうね。
思い、伝わる。

もうひとつ、
企画展示室ではただ今最新出土品展「地中からのメッセージ」開催中。
9/1(日)までで、こちらは写真不可。
展示や各古墳の説明はぜひこちらで⇒さきたま史跡の博物館
埼玉、すっかり見直しました。
行田市すごい!!

さて、そろそろこの辺りでお昼休憩。
行田名物(!?)のゼリーフライ食べましたよ。
衣がない柔らかめのコロッケみたい。
写真の前に食べちゃった(苦笑

ひと休みしたら、このあと本番です。
(つづく)

2013
07/23
*Tue*

古代蓮、見頃です。

category : 旅・遠足 | 日記 | 日記
古代蓮Ⅰ

蓮、

古代蓮Ⅲ

はす、

古代蓮Ⅱ

ハス。
思わず「お~っ!!」って(笑
行田市の「古代蓮の里」、8月上旬くらいまでの午前中が見頃ですって。
このピンクの蓮、1400年から3000年前の蓮と言われているそう。
「公共施設建設工事の際に、偶然出土した種子が自然発芽し甦り、池に開花
しているのが発見されました。」(埼玉県行田市「古代蓮の里」資料より)
・・と。
花も葉も大きいこと。

古代蓮Ⅴ

世界の蓮も、

古代蓮Ⅵ

見事!

こんなにたくさんの蓮、初めて見ました。
ほんとはね、このあとの古墳目当てで足を運んだのですょ行田市。
寄って良かった。
ヲワケさんも目にしてたかもね。(BS歴史館見たみなさん!!!)
この近くの稲荷山古墳から出土した国宝「金錯銘鉄剣(きんさくめいてっけん)」
の持ち主の。
雄略天皇(5世紀)に仕えたって、文字でちゃんと今に伝わる。
すごいなぁ・・・

将軍塚古墳馬の装い復元

こちら古墳時代の馬の装い復元@将軍塚古墳。
どうですか、
古代に近づきませんか?
普段忘れてるけど。
この同じ地面の上でずっと、今に繋がる。

古代蓮の里 古代蓮の里

すごいと言えば埼玉県も!
8/4(日)までの毎土・日・祝、行田市から熊谷市(JR行田駅~JR籠原駅)間を
周遊バスが運行、1日に何度乗車しても無料。⇒熊谷市行田市縁結び観光周遊バス
(通常でも100円くらいみたいですが。)
今回の「古代蓮の里」やこのあと向かった「さきたま古墳公園」、映画「のぼうの城」
の舞台となった「忍城」等に足を運ぶのに便利です。
無料のレンタル自転車も有り。
って、至れり尽くせり。
暑かったから、助かりました(感謝

で、
この後さきたま古墳公園へ。
こちらにも立派な古代蓮、ありましたよ。
直行でもよかったくらい。

さきたま古墳公園の古代蓮

もうすっかり、古墳焼けです(苦笑

古代蓮Ⅶ

2013
05/13
*Mon*

4/13(土)の寄り道京巡り -その②

category : 旅・遠足 | 日記 | 日記
先月たった数時間の京巡りだったというのに、話引っ張っりすぎました。
もう1ヶ月前、ですよねぇ
でもあまりに面白かったもので。
先日の連休、帰省したら弟と妹がそれぞれ京都に行ってました。
たまたまとはいえ、、、(苦笑

さて、
4/13(土)上賀茂神社を出てそのあとは。
京都御所の西側、護王(ごおう)神社に向かうつもりだったのですけど、
道中見つけてしまった晴明神社。
で、予定外の途中下車。

晴明神社鳥居

若い人たちが参拝に来てます。

晴明神社本殿 

本殿の

安倍晴明   厄除桃

左には安倍晴明さん、右には厄除桃。

戻橋

あ、式神もいました(笑
この↑戻橋、本物の戻橋の部材が使われているそうですが、その本物
一条戻橋、渡ってくれば良かったなぁ。
晴明さんが橋の下に式神を置いていたそう。
清盛の妻の時子さんも、安徳天皇(孫)誕生前に一条戻橋で橋占いを
行ったとか。
橋は、あの世とこの世が交錯する場所。

千利休宅の碑  晴明井

この地に晴明さんが住んでいらしたそうですが、鳥居横には千利休さんの
屋敷跡の碑も。
晴明井の水を利休さんも茶に使用、太閤秀吉もそれを口にしたそうで。
(あぁぁ、、地図を見ていたら、一条戻橋を渡っていればその先に小松帯刀さん
の寓居参考地の文字が・・・またまたしまった

清明神社の前、堀川通は桜がキレイでしたよ。
一条戻橋を渡り損ねて護王神社へ。

一生懸命営業中

移動途中のおそばやさん、一生懸命営業中(笑

護王神社鳥居

今回のお目当て護王神社のご祭神は、和気清麻呂(わけのきよまろ)さん。
奈良時代、僧侶の道鏡が天皇位を得ようとした宇佐八幡宮神託事件で天皇の
勅旨として宇佐八幡宮に参宮、正しい神託を得て戻り皇統を守ったとされる方。
と、
その際、当初勅旨候補だった姉の広虫さん。
当時孤児の救済・養育に力を注いだ方です。
天平冥所図会』を読んだ方なら、あぁあぁ!!!って感じ。

狛猪  護王神社手水社Ⅱ

こちらは狛犬ならぬ狛イノシシ、手水舎もイノシシ、

護王神社猪Ⅱ  おみくじ猪

あちらにもこちらにも。

神託は称徳女帝と道鏡の怒りに触れ、流罪になった清麻呂さん。
足を切られ配流地に向かうその道中、300頭のイノシシが現れ輿を守り道案内、
痛めた足もすっかり治っていたという。
なのでこちらのイノシシさんたちは霊猪(れいちょ)、護王神社は足腰の健康に
ご神徳があるのだそうです。
亥年のみなさん、機会があったらぜひ!

和気清麻呂

一度は別部穢麻呂(わけべのきたなまろ)などという汚名をつけられた清麻呂さん
ですけど。
ずっとずっと後の世、幕末の頃に孝明天皇から神号を送られ、その後明治天皇の
勅命により護王神社は今ある場所に遷座したのだそう。
時を経ても忘れられぬ忠義、あとでWikiを読んで胸熱くなりました。

好きだなぁ、和気姉弟。
広虫さんのご主人の葛木戸主(かつらぎのへぬし)さんも。
2010/11/6日記

この護王神社、京都御所の蛤御門のほんのすぐ斜め前なんですよ。
これは寄らずには帰れまい・・
ということでまた予定外、次のバス停目指して京都御所前横断。

蛤御門外から

蛤御門の外からと

蛤御門中から

中からと。
あちら側とこちら側、この門を境に銃弾飛び交った幕末の頃。
思わず、弾痕を探してしまった。
まだほんの150年前のことだというのがあまりに近くて、軽い衝撃。
胸痛い。

蛤御門足元

皆が通った門の足元。
どなたかがおっしゃってましたけれど、、
変に乱に飢饉に災害に疫病に、、京都の街が美しいのは、長い長い時間
数え切れないほどの痛みや犠牲を経てたくさんの血を流して、そのたび
乗り越え再生してきたから、と。
自分も、今回身に沁みました。

健礼門前

幕末の痛みの跡をもひとつ通り過ぎ、御所建礼門前。
遠く左に見えるのが先ほどの蛤御門。
ゆっくり歩きたかったのですけど、とても残念。
一般公開日に行ってみたいなぁ。
(参観申込みという手もある!)

さて急げと、あとは六波羅。
バスを降り、清水に向かうみなさんの中ひとり向きかえて

六道の辻

あの世とこの世の境界の場、六道の辻。

六道珍皇寺Ⅱ  六道珍皇寺Ⅰ

平安時代の公卿、小野篁(おののたかむら)さんが冥土通いしたという井戸が
ある六道珍皇寺(ろくどうちんのうじ)。
閻魔さまの補佐をしていたのですって。
残念ながら、井戸も閻魔さまも篁さんも、閉まった扉の小さな格子の間から
覗く感じで。
ま、それがいかにも異界な感じなのですが。
(長岡良子さんの漫画に篁さん、出てらっしゃいましたよねぇ・・?)

その昔、この辺りは鳥辺野と言われた葬送の場所。
今は観光で賑わってますが、当時は鴨川を渡って死体が運ばれてきていたところ、
と以前受けた講座で先生。
なので身分が低かった武士である平家の邸宅は川のこちら側だったのだと。

六波羅密寺入口

その邸宅があった辺り、六波羅密寺の入口。
(写真の女性は自分ではありません!!)
平清盛の弟、頼盛(よりもり)や教盛(のりもり)の住まいの名が残っているという
池殿町や門脇町を探してみたかったのですが、もうここまでで時間がいっぱい
いっぱい。
なにはともあれ、翌週平家落人の里に行く前にその場に立てたこと、ひとつ
お役目果たした感じでした。
あぁ、良かった。

結局、寄り道しすぎて大慌てで。
せっかくの京都だというのに、お昼を食べる間も惜しんですぐにこのあと奈良に
向かったのでした。
(直りません、毎度このパターン><)

いつも素通りしてましたけど、やっぱり京都っていいですね!
早くまた行きたい。
困りました、ハマりそうで

はぁ、長くなりました。
ここまでおつき合い下さった貴重なみなさん、
ほんとうにありがとうございましたm(_ _)m
ひとしきり、言葉に出せてあぁすっきり。
感謝です!!

無事かえる
「無事かえる」の石

2013
05/08
*Wed*

連休終了

category : 旅・遠足 | 日記 | 日記
連休終わりましたね。
一昨日、4日間の帰省から戻りました。
もーう「あっ」という間

お休み、ゆっくりできましたか?

京都の話が途中でしたけれど、、
帰省中、豊橋にもある賀茂神社に行ってみましたよ。

賀茂神社橋

京都の上賀茂神社から勧請され創建、ですって。
豊橋では賀茂といえば菖蒲園。
菖蒲が咲く6月頃に何度か来てましたけど、知りませんでした。

神山古墳

参道の途中に古墳(神山古墳)があることも、
境内に貴船神社があることも、

賀茂神社

武田の軍師だった山本勘助さんのお祖父さんがこちらの神官をしていた
ということも、
徳川家康が戦勝祈願に立ち寄っていたことも、
その家康が身を隠したというご神木があることも。
へぇ・・(驚

せっかくなので、

山本勘助生誕地の碑

勘助さん生誕の地といわれる場所と

本願寺

勘助さんのご両親のお墓がある本願寺、
そして勘助さんの遺髪を納めたお墓があるという長谷寺にも足を延ばして。
ずいぶん前の大河ドラマ、ちゃんと観てなかったなぁ風林火山。
でも、そのお蔭で名前覚えてた(苦笑

思わぬところで。
ほんとは賀茂神社までの道中にある古墳に寄ってみるつもりだったのです。
が、今回は時間切れ。

何もないところなんですけど。
何かありました。
見ようとしてなかっただけ。

賀茂町

東へと、あの山を越えて行ったのかなぁ・・・

この連休、20年ぶりくらい(もっとかな?)で一つ違いのはとこ姉妹と
ゆっくりおしゃべりできました。
もーう、人生いろいろ泣泣笑い。
こちらも楽しかったなぁ。

さぁて、と。
またしばらくがんばりますか、ね。

2013
05/01
*Wed*

4/13(土)の寄り道京巡り -その①

category : 旅・遠足 | 日記 | 日記
今年も明治神宮春の祭典。
青空の下、一昨日も舞楽奉納美しかったです(惚

20130429舞楽奉納Ⅱ  20130428明治神宮舞楽奉納

始まる40分前に着いたらもう空席なし。
楽師さんたちの斜め後ろくらいから見ていたのですが、座っていた時より
音が綺麗に聞こえて舞もよく見えて、逆に良かったかも。
次回から、これでいこう。

その後、日本の文化・こころについて講演を聞いてきたのですけれど。
日本の文化と言えば、、
2週間前の寄り道京都も良かった!!
なんて、ほぼ無理やり(苦笑

4/13(土)、奈良博&吉野旅その前に。
いつも素通りしていた京都に立ち寄りまして。
朝一番で目指したのは下鴨神社、参道は糺(ただす)の森。
この糺す、もとは只洲が紀元だそうですが「偽りを正す」の意味にも解された
とかなんとか。

河合神社    

その森の入口に河合神社。
『方丈記』の著者鴨長明ゆかりの神社、と思って寄ってみたら、ご祭神は
海神の娘で神武天皇のお母さん玉依姫命(タマヨリヒメノミコト)でした(わぃ!

方丈庵

こちらの建物が「方丈」庵。
「ゆく河の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず」
読みましたよ311のあと、『方丈記』。

三井社

向かい側には、こじんまり三井社。
中社・西社・東社となっていて、中社はヤタガラスと言われた賀茂建角身命
(カモタケツノミノミコト)、東社はその娘の玉依媛命(タマヨリヒメノミコト)。
そう、今回はタマヨリヒメに会いに来たのです!

タマヨリは神霊の依り代を意味し、タマヨリヒメは霊(たま)の憑(よ)りつく巫女
とのこと。(Wikiより)
奈良の大神神社のご祭神、大物主命の奥さんも活玉依姫(イクタマヨリヒメ)。
もうずいぶん前、タロットの先生に「やっぱりね」と名前を見て言われた意味が
後々になってやっとわかったのでした。

糺の森ご神木

引き続き、
森を歩いて

下鴨神社さざれ石

さざれ石に

相生社

縁結びの相生(あいおい)社。
めでたいことを「相生(あいおい)」というのはここからなのだそうです。
修学旅行生がウロチョロしていました。
全然違いますが、
さざれ石を見て、悪いことをした人が触れると吸い込まれて石と化してしまう
立石のお話(確か)を思い出しました。
ピーター・トレメインの『アイルランド幻想』、、、
まさかね(汗

下鴨神社本殿  下鴨神社楼門

そしてやっと!下鴨神社、華やかな楼門。
西殿は賀茂建角身命、東殿は娘の玉依媛命。
本殿前に並ぶ干支の神様。
ありがたいなぁ。

御手洗池

池に湧き出る水あわをかたどったのがみたらし団子、ですって。
こちらが御手洗池、禊(みそぎ)の場。
早朝でしたから、近隣の賀茂みたらし茶屋さんまだ閉まってましたよ。

時間があれば歩くところでしたけど、今回は限られた時間なので省略。
バスで一路、上賀茂神社へ。
京都のバス移動は洛ナビ、便利ですね!
朝一番の乗車は調べなかったら遠回りになっちゃった

上賀茂神社

着いた上賀茂神社は爽快!!
入口広々、

上賀茂神社桜  上賀茂神社桜Ⅱ  
桜も満開。

杭

ついつい目が行ってしまう、こんなところ。
・・ケルトっぽい(苦笑

立砂

鳥居をくぐると陰陽の立砂。
写真だと見えませんが、向かって左側、松葉の様な細い葉が頂上部に
さされてます。

上賀茂神社楼門  上賀茂神社楼門Ⅱ

快晴~

片岡社

楼門横には上賀茂神社のご祭神 賀茂別雷大神(カモワケイカヅチノオオカミ)の
お母さん、玉依比売命を祀る片岡社。
先ほど下鴨神社の玉依媛命です。
写真、近すぎたかな
神社の正殿正面から写真を撮るものではありません。
今年の年始、伊勢外宮の多賀宮の目の前、みなさん手を合わせているその横で
カメラを構えた母子に神職さんが注意をされていました。
「バチがあたりますよ」
東照宮を観光中の異国の方にも教えてあげて下さい、ガイドさん・・


禊の場  

きらめく禊の場。

神事の岩 

賀茂祭(葵祭)には宮司さんがこの岩の上に蹲踞(そんきょ)をし勅使と対面、
御祭文に対して神のご意思を伝えるそうです。
説明書には
「この岩上(がんじょう)は神山(こうやま)と共に賀茂信仰の原点であり、
古代祭祀の形を今に伝える場所である。神と人との心の通路(かよいじ)
でもあり、「気」の集中する場所である。」

馬とカラスおみくじ

馬とカラス、、、

カラス

カラスいました。
神使かな(笑

境内をぐるり2周しながら、賀茂祭(葵祭)が気になったりして。
混みますよねぇ・・人スゴイですよねぇ・・
なんとなく名残惜しく、後ろ髪をひかれながら次への移動となりました。
また行きたい上賀茂神社。

さて、
このあと護王神社に向かったのですが、
この続きはまた今度。
晴明神社、御所(蛤御門)、六道珍皇寺、、と続きます。
iphonにかえたら画像が大きすぎてそのままアップできず><
ひと手間にトホホです。

黄緑桜  

道中いろんな桜が咲いてましたけど、
黄緑色の桜、初めて見ました!

2013
04/27
*Sat*

日光で

category : 旅・遠足 | 日記 | 日記
今夜も冷えますが、、
先週日曜の雨降る日光も寒かった・・

日光東照宮Ⅱ

残る雪!(震っっ
標高がスカイツリーと同じだそうですょ。
って、
もう行かれてご存知の方のが多いですよね

日光東照宮Ⅰ

日光東照宮 奥宮特別参拝券より、家康公からメッセージ↓

東照公御遺訓

人の一生は重荷を負(おひ)て、
遠き道をゆくが如し。
いそぐべからず。不自由を常とおもへば不足なし。
こころに望おこらば困窮したる時を思ひ出すべし。
堪忍は無事長久の基(もとゐ)。
いかりは敵とおもへ。
勝事(かつこと)ばかり知てまくる事をしらざれば害其身にいたる。
おのれを責(せめ)て人をせむるな。及ばざるは過(すぎ)たるよりまされり。


日光東照宮装飾Ⅳ  日光東照宮装飾Ⅰ

中学校の修学旅行以来でしたけど、行ってみて印象が変わりました。
装飾過多で悪趣味って決めつけていたけれど、緻密で隙がない。

日光東照宮装飾Ⅲ

これでもかって細部の細部までほどこされた文様・彫刻に、耳なし方一の
身を守るため体中隙なく(耳以外)書き記された経文のことを思い出しました。
そういう意味もあるのかな。

日光東照宮五重塔

いつも目にしてる奈良のものとは全く違う五重の塔。
初重軒下には十二支、正面に並ぶ寅(家康)・卯(秀忠)・辰(家光)。
ちょうど心柱を公開してました。
完成は終わりの始まりだと陽明門の柱かどこか逆さに模様があるとか
なんとか本で見てたのですが、探すの忘れちゃった

彫鳥

このヒトと目が合って。

見猿言わ猿聞か猿

お馴染みのお猿さんたちも。
あらためて説明を読んでみると、
「幼いうちは、純真で周囲の影響をうけやすい。だから世の中の悪いことは
見聞きせず、悪い言葉も使わせず、良いものだけを与えよ。この時期に、
良いものを身に付けておけば、悪いものに触れ(対し)ても正しい判断(行動)
ができる。」
だそう(ほぅ

日光東照宮装飾Ⅱ

どこもかしこも、職人さんたちの腕自慢が聞こえてきそう。
いい仕事だったでしょう、暮らしにも誇りにも。

参道

会津藩主、松平容保公は会津戦争後こちらの宮司になられたとか。
会津藩家老だった西郷頼母氏もこちらの禰宜(ねぎ)職に。
宝物館で展示がありました。
鬼怒川からそのまま電車に乗って会津に行けるのだって、今回初めて
知りまして。(すみません、家康公と同郷愛知出身
会津にも行ってみたいなぁと。

田道間守

そして、
二荒山(ふたらさん)神社で会えました、田道間守(だじまもり)!
お菓子の神様だそうですが、Wikipediaより↓
「11代垂仁天皇の命により、非時香菓(ときじくのかぐのこのみ)を求めて
常世の国に渡った。10年かかって葉附きの枝と果実附きの枝を日本に持ち
帰ってきたが、垂仁天皇はすでに亡くなっていた。タヂマモリは半分を
垂仁天皇の皇后に献上し、残りを垂仁天皇の御陵に捧げ、悲しみのあまり
泣き叫びながら亡くなったという。」
奈良県唐招提寺の近く、垂仁天皇陵のお堀の中に田道間守のお墓と
言われている小島がひとつ。
それが、、思わぬところで(ニンマリ

二荒山神社横、家光公眠る大獣院を参拝した後で、

別宮へ

こんな道を通って

白糸滝  滝尾神社

白糸滝&二荒山神社別宮滝尾神社。

瀧尾高徳水神社

そこで、
吉野の水の神様にも会えました!
瀧尾高徳水神社。
足を延ばして良かった~(嬉

山伏さん

山伏さんたちともすれ違い。

山鳥

このヒトとも目が合いました(笑

二荒山神社のご祭神は大己貴命(大国主命)、田心姫命(たごりひめのみこと)、
味耜高彦根命(あじすきたかひこねのみこと)の父母子ですが。
この味耜高彦根命(漢字難しい!)、別名が迦毛大御神(かものおおみかみ)で
賀茂社の神。
旅の賀茂絡みが続いてます。

ということで、
繋がるその1週間前の京都旅、下鴨・上賀茂神社参拝(苦笑
そうそう、桜の吉野の役行者(修験道の祖)も賀茂氏です!

明日は久々ゆっくりできそうですから。
(今日は東博に行ってました~)
続きのおしゃべりできるかな。

今回の鬼怒川・日光旅、通勤帰りに時々携帯で応募している朝日新聞系列
朝日マリオン(モバイル)さんでホテルの宿泊券が当選したのでした。
1泊2食付き、思わぬご褒美!
昨年暮れにいただいて、やっとやっと。
ホテルハーヴェスト鬼怒川」さん、綺麗で心地よくてとても良かったです。
大感謝!!

ではでは
連休のみなさんもお仕事のみなさんも、
どうぞよい週末を^^

円石
円石(まるいし)「人の心を丸く 角たてず おだやかに 生きれば 自然に 人は幸せになれます」

2013
04/24
*Wed*

湯西川平家の里へ

category : 旅・遠足 | 日記 | 日記
土曜日の極寒鬼怒川温泉、鬼怒楯岩大吊橋の上より(震っ

鬼怒川

行ってきました平家落人の里、湯西川。
鬼怒川からバスで約1時間。
源平の戦いで敗れ平家追討の命が厳しくなる中、平清盛の長男重盛の
孫を擁した一族たちが逃げ延びた先だそう。

復元平家の里

復元平家の里の

平重盛公の木

入口前には樹齢800年、ご神木と記された「平重盛公の木」(合掌
少し離れて清盛公の木も。

復元平家の里2

逃れ逃れて。

平家塚

入口横には平家塚。
ここに甲冑や刀剣等、安住の地と定めて埋めたと言われているそう。

赤間神宮

わずか8歳、壇ノ浦で入水された安徳天皇を祀る赤間神宮も。
唯一の分祠、だそうです。
復元平家の里を出て道を下るとすぐ、重盛の子高房の名のついた高房神社。
そして平家集落。

平家集落

その昔、一門の女性が男児を産んだ祝いにと端午の節句にささやかな
鯉のぼりを立てたところ、源氏に見つかり痛手を負った。
それ以来、湯西川では鯉のぼりをあげず時を告げる鶏も飼わない、のだとか。

平家落人民俗資料館

ゆかりの品を展示する、平家落人民俗資料館。
「重盛愛用」の文字に目を凝らしながら(写真不可でした)、
「忠ならんと欲すれば孝ならず、孝ならんと欲すれば忠ならず」
昨年の大河ドラマ、若い俳優さんの名演を思い出す。
正気であるほど苦悩は大きい。
清盛と後白河院、力と力の間、重い立ち位置で心身削って。

ありませんか?
いっそのこと狂ってしまえたならどんなに楽か。
そんな思いに至ったこと。

盛者必衰、諸行無常、以前は滅びて当然の様な平家のイメージでしたけど。
栄華を極め権力を振るい我が世のままと奢る中、心痛め時に苦言を呈した
良識ある人も一門の中にいたということ。
時の波に翻弄され、涙した人たちがいたことも。
過ぎてわかる、道の誤り。

ひょんなことから、鬼怒川温泉に宿泊することになって。
何かあるかと探してみたら、出て来た湯西川平家の里。
なので、
先日の京都旅ではどうしても、六波羅に寄りたかったのです。
平家の屋敷があった場所に。
つくづく、縁とは不思議で面白い。

この日冬の陽気の小さな温泉町は旅行客もほとんどいなくって、行きも
帰りもバスは貸切状態。
寂しい感じだったのですけど、6月に行われるお祭り「平家大祭」の日には
臨時バスが出るほどだそう。
(良かったね!)

せっかくなので翌日は、日光に行ってきました。
修学旅行以来の東照宮~。

それにしても、
栃木のいちご尽くしは嬉しい!
鬼怒川のきぬ太焼き、

きぬ太焼き

いちごあんが美味でした!

いちごブッセ

いちごブッセもまた食べたい。

2013
04/18
*Thu*

寄り道旅話

category : 旅・遠足 | 日記 | 日記
吉野からの帰り道、2時間ほど時間を持てましたから。
途中下車して、飛鳥に寄っちゃった。

飛鳥

橿原(かしはら)神宮前駅から、甘樫丘と山田寺跡と飛鳥資料館。
いや~、良かった!!
(M子さん!!!)

山田寺址

先週末の2大潤目感無量、
30年振りに公開、奈良博當麻(たいま)寺展の国宝綴織當麻曼荼羅(つづれおり
たいままんだら)と、飛鳥資料館の山田寺東回廊。

大きな大きな曼荼羅は、仏様の姿さえ目を凝らさないとわからないほどでしたけど。
継母に疎まれ14歳で殺害されそうになった中将姫(藤原鎌足の孫の子)が、出家して
のち26歳のとき、仏のお告げを受け蓮糸で一夜にして織りあげたという。
真偽はともあれ、
4m四方もあろうかというそれは大きな曼荼羅を作り上げたそこまでの思いと、
1000年以上ご本尊として手を合わせて来た人たちがいるという事実。
中将姫は29歳で入滅(解脱)、菩薩に迎えられ極楽浄土へ向かったそうですが。

20代女子、姫の心の中たるや・・
當麻寺さんから中将姫の像も、奈良博にお出ましになっています。

一方山田寺。
645年、大化の改新時に中大兄皇子(天智天皇)に協力したにも関わらず、のちに
謀反の疑いを掛けられ自害した蘇我倉山田石川麻呂発願のお寺。
石川麻呂は、中大兄皇子の義理の父。
亡くなったあと没収された財産にはすべて、「中大兄皇子のもの」と書かれていたとか。

山田寺東回廊

目の前に、千数百年地中で眠っていた東回廊。
じーん(胸熱

確かにそこに、いた誰か。
自分と同じ足元の地に、どれだけの人生があったことか。

緑の雷丘(いかずちのおか)を横目に見ながら。
「つづき」をいつにしようかと思ったのでした。
(まだまだ回り切れておりませぬ~)

あぁ、京都の話を聞いてもらおうと思ったのに。
ここまでで長くなってしまった

今回土日で、
1日目:【京都】下鴨神社→上賀茂神社→晴明神社→護王神社→(京都御所)
     →六道珍皇寺→六波羅密寺→【奈良】奈良博→興福寺
2日目:【奈良】吉野→飛鳥
と、異界巡りのような濃~い2日間。

興福寺靴袋

興福寺さんの南円堂・北円堂特別拝観でいただいた靴袋がかわいいでしょ!

心弁当

帰りの新幹線内では興福寺さん監修の「心」弁当。

あすかルビー

あすかルビーも食べました。

六波羅密寺は平家の邸宅があった辺りですが。
明後日、縁あって鬼怒川温泉のもう少し先、平家の里に行ってきます。
京旅話、また今度おつきあい下さい!

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人生が輝き出す名言集 第2章



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