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2013
11/18
*Mon*

京都御所、秋の一般公開初参観(後編)

category : 旅・遠足 | 日記 | 日記
はてさて、つづきです。
奥にすすんで

小御所Ⅱ  小御所Ⅰ

雅楽姿の人形が並ぶ小御所(こごしょ)の横には

蹴鞠の庭

蹴鞠(けまり)の庭。
小御所は諸種の儀式が行われたり、武家との対面がなされたところ。

御池庭  

その向かいは御池庭(おいけにわ)。

御内庭Ⅱ  御内庭Ⅰ

先に進むと御内庭(ごないてい)、

御常御殿  御涼所

16世紀以降天皇の日常のお住まいとして使われた御常御殿(おつねごてん)と
(すみません、部屋しか写真がない)、その名の通りの御涼所(おすずみしょ)。

御三間Ⅰ  御三間Ⅱ

そろそろおしまい、道順最後の建物、御三間(おみま)。
七夕やお盆等、宮中御内儀の行事が行われた場所だそう。

御所門柱

向かい側の柱の木組みに目に留まります。

遠くて近い。
一回りして、そんな感じ。
各所の呼び名も美しいこと。

ちょうど一週間前、 「国際派日本人養成講座」のメルマガに城壁で囲まれた
長安、城壁のない平城京の話が出ていました。
「長安の都の外周は、高さ10m以上もある城壁で囲まれていた。皇帝の住まう
宮城には、さらに高い城壁がめぐらされていた。平城京には城壁はなく、天皇の
住まう宮殿も、すぐに乗り越えられる垣根が巡らされているだけだった。
(中略)この坊の一つひとつが長安では城壁で囲まれ、夜間には鍵で閉ざされた。
外敵の侵入を防ぐとともに、坊の中にいる人々をとじこめ、管理した。平城京では、
外敵も住民の逃亡も想定していなかった。」(「JOG-Mag №823 歴史教科書読み
比べ(12) :奈良時代、公地公民か階級社会か
」より)
と。
世界一古い王室の住まいは、城ではなくて宮なのだ。

京都御所

門を出てしまう前に、振り返り。
清らかで落ち着いた美しい御所でした。
海を渡って来るみなさんに、ぜひ見せてあげたい。
防壁も塔もなく表に繋がる、京のかつての帝の住まい。
感無量、です。

珍しく、思わず買っちゃいました。
素敵でしょ!

御所グッズ

ながらくのおつきあいありがとうございましたm(_ _)m
なにぶん体感優先、走り撮り。
お見苦しい点、御容赦下さい

※京都御所の写真と公開順路はこちらからどうぞ⇒「宮内庁 京都御所一般公開

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人生が輝き出す名言集 第2章



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