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2013
05/13
*Mon*

4/13(土)の寄り道京巡り -その②

category : 旅・遠足 | 日記 | 日記
先月たった数時間の京巡りだったというのに、話引っ張っりすぎました。
もう1ヶ月前、ですよねぇ
でもあまりに面白かったもので。
先日の連休、帰省したら弟と妹がそれぞれ京都に行ってました。
たまたまとはいえ、、、(苦笑

さて、
4/13(土)上賀茂神社を出てそのあとは。
京都御所の西側、護王(ごおう)神社に向かうつもりだったのですけど、
道中見つけてしまった晴明神社。
で、予定外の途中下車。

晴明神社鳥居

若い人たちが参拝に来てます。

晴明神社本殿 

本殿の

安倍晴明   厄除桃

左には安倍晴明さん、右には厄除桃。

戻橋

あ、式神もいました(笑
この↑戻橋、本物の戻橋の部材が使われているそうですが、その本物
一条戻橋、渡ってくれば良かったなぁ。
晴明さんが橋の下に式神を置いていたそう。
清盛の妻の時子さんも、安徳天皇(孫)誕生前に一条戻橋で橋占いを
行ったとか。
橋は、あの世とこの世が交錯する場所。

千利休宅の碑  晴明井

この地に晴明さんが住んでいらしたそうですが、鳥居横には千利休さんの
屋敷跡の碑も。
晴明井の水を利休さんも茶に使用、太閤秀吉もそれを口にしたそうで。
(あぁぁ、、地図を見ていたら、一条戻橋を渡っていればその先に小松帯刀さん
の寓居参考地の文字が・・・またまたしまった

清明神社の前、堀川通は桜がキレイでしたよ。
一条戻橋を渡り損ねて護王神社へ。

一生懸命営業中

移動途中のおそばやさん、一生懸命営業中(笑

護王神社鳥居

今回のお目当て護王神社のご祭神は、和気清麻呂(わけのきよまろ)さん。
奈良時代、僧侶の道鏡が天皇位を得ようとした宇佐八幡宮神託事件で天皇の
勅旨として宇佐八幡宮に参宮、正しい神託を得て戻り皇統を守ったとされる方。
と、
その際、当初勅旨候補だった姉の広虫さん。
当時孤児の救済・養育に力を注いだ方です。
天平冥所図会』を読んだ方なら、あぁあぁ!!!って感じ。

狛猪  護王神社手水社Ⅱ

こちらは狛犬ならぬ狛イノシシ、手水舎もイノシシ、

護王神社猪Ⅱ  おみくじ猪

あちらにもこちらにも。

神託は称徳女帝と道鏡の怒りに触れ、流罪になった清麻呂さん。
足を切られ配流地に向かうその道中、300頭のイノシシが現れ輿を守り道案内、
痛めた足もすっかり治っていたという。
なのでこちらのイノシシさんたちは霊猪(れいちょ)、護王神社は足腰の健康に
ご神徳があるのだそうです。
亥年のみなさん、機会があったらぜひ!

和気清麻呂

一度は別部穢麻呂(わけべのきたなまろ)などという汚名をつけられた清麻呂さん
ですけど。
ずっとずっと後の世、幕末の頃に孝明天皇から神号を送られ、その後明治天皇の
勅命により護王神社は今ある場所に遷座したのだそう。
時を経ても忘れられぬ忠義、あとでWikiを読んで胸熱くなりました。

好きだなぁ、和気姉弟。
広虫さんのご主人の葛木戸主(かつらぎのへぬし)さんも。
2010/11/6日記

この護王神社、京都御所の蛤御門のほんのすぐ斜め前なんですよ。
これは寄らずには帰れまい・・
ということでまた予定外、次のバス停目指して京都御所前横断。

蛤御門外から

蛤御門の外からと

蛤御門中から

中からと。
あちら側とこちら側、この門を境に銃弾飛び交った幕末の頃。
思わず、弾痕を探してしまった。
まだほんの150年前のことだというのがあまりに近くて、軽い衝撃。
胸痛い。

蛤御門足元

皆が通った門の足元。
どなたかがおっしゃってましたけれど、、
変に乱に飢饉に災害に疫病に、、京都の街が美しいのは、長い長い時間
数え切れないほどの痛みや犠牲を経てたくさんの血を流して、そのたび
乗り越え再生してきたから、と。
自分も、今回身に沁みました。

健礼門前

幕末の痛みの跡をもひとつ通り過ぎ、御所建礼門前。
遠く左に見えるのが先ほどの蛤御門。
ゆっくり歩きたかったのですけど、とても残念。
一般公開日に行ってみたいなぁ。
(参観申込みという手もある!)

さて急げと、あとは六波羅。
バスを降り、清水に向かうみなさんの中ひとり向きかえて

六道の辻

あの世とこの世の境界の場、六道の辻。

六道珍皇寺Ⅱ  六道珍皇寺Ⅰ

平安時代の公卿、小野篁(おののたかむら)さんが冥土通いしたという井戸が
ある六道珍皇寺(ろくどうちんのうじ)。
閻魔さまの補佐をしていたのですって。
残念ながら、井戸も閻魔さまも篁さんも、閉まった扉の小さな格子の間から
覗く感じで。
ま、それがいかにも異界な感じなのですが。
(長岡良子さんの漫画に篁さん、出てらっしゃいましたよねぇ・・?)

その昔、この辺りは鳥辺野と言われた葬送の場所。
今は観光で賑わってますが、当時は鴨川を渡って死体が運ばれてきていたところ、
と以前受けた講座で先生。
なので身分が低かった武士である平家の邸宅は川のこちら側だったのだと。

六波羅密寺入口

その邸宅があった辺り、六波羅密寺の入口。
(写真の女性は自分ではありません!!)
平清盛の弟、頼盛(よりもり)や教盛(のりもり)の住まいの名が残っているという
池殿町や門脇町を探してみたかったのですが、もうここまでで時間がいっぱい
いっぱい。
なにはともあれ、翌週平家落人の里に行く前にその場に立てたこと、ひとつ
お役目果たした感じでした。
あぁ、良かった。

結局、寄り道しすぎて大慌てで。
せっかくの京都だというのに、お昼を食べる間も惜しんですぐにこのあと奈良に
向かったのでした。
(直りません、毎度このパターン><)

いつも素通りしてましたけど、やっぱり京都っていいですね!
早くまた行きたい。
困りました、ハマりそうで

はぁ、長くなりました。
ここまでおつき合い下さった貴重なみなさん、
ほんとうにありがとうございましたm(_ _)m
ひとしきり、言葉に出せてあぁすっきり。
感謝です!!

無事かえる
「無事かえる」の石

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人生が輝き出す名言集 第2章



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