This Archive : 2013年05月

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2013
05/28
*Tue*

当事者です、自分も。

栗饅頭と鍋焼きうどんとあんみつは江戸の時代劇に出てきてはいけないそう。
当時まだなかったから。
栗饅頭は日清戦争のあと、鍋焼きうどんは明治10年に大阪から東京へ、そして
あんみつは明治36年に浅草の和菓子屋さんで生まれたのだそうです。
へぇ・・

先週土曜日、苦手な幕末を勉強しに明治大学へ行ってきました。
リバティアカデミーのオープン講座「幕末・明治の人間模様と時代考証」、講演の
テーマは「幕末・明治の会津と薩長」と「大河ドラマ『八重の桜』と時代考証」で。
・・そう、その『八重の桜』を観ていて関心を持ったから(苦笑

日本はフランス式を取り入れたから兵隊は右に銃を担ぐけれど、火縄銃は火を
点けっぱなしにして歩くため火が体の外側に向くよう左側に銃を担ぐ。
セイタカアワダチソウ、ヒルジョオン、ヒメジョオンは戦後入ってきた植物だから
時代劇の画面に映ってはいけない。
「回れ右」は幕末からあった。
織田信長の部屋に望遠鏡をおいてはいけない、地球儀はあってよいけれど
そこにオーストラリアが記されていてはいけない。

「面子(メンツ)」という言葉は支那事変後に入ってきたので、もし時代劇で
使うなら「面目」か「対面」で。
「がめつい」は昭和34年から、「牛耳をとる」を縮めた「牛耳る」は明治末~
大正頃に学生が使い始めたため、時代劇ではNG。
「賛成・反対」は「承知・不承知」。
「目からウロコが落ちる」は聖書の言葉のため、時代劇ではこれまたNG。

って、時代劇の各「ならぬものはならぬ」なわけですが。
時代考証はもう時代劇だけのお話ではないそうです。
明治から戦前、昭和30年代もすでに対象となっていると。

右に担ぐ銃も一斉に掛け声で左に掛け替えることがあった、という軍体経験
のある方のお話。
千人針は女性だけがするもの、自分から声をかけるのではなく、道路の隅に
立っていると見かけた人が自分から寄ってきて協力してくれた、というお話。
書籍だけではわからない、それを見て来た当事者の声、その場の事情。
間違いではない、その場面。

だから、そう、
10年後、20年後、30年後に、目の前の今を伝えるのは今在る私たち。
家族や先輩諸氏の体験に、学んだことや日々のあれこれ。
見て聞いて、記憶を繋げて。
当事者です、自分もこれからの。
責任重大だ。

メモはほとんど時代考証のお話になっちゃってますけど
会津と薩長のお話も事情いきさつがまた少しわかって、もうちょっと知りたく
なりました。
先月訪れた京都の蛤御門、公家の通用口で普段開かずの門だったのですって。
それが3日にわたって炎上したと。
会津が敗れた後、会津の人たちが移住させられた青森の北地には、今核燃料
再処理工場(六ヶ所村)があって。
・・・あぁ、胸痛。

NHKドラマで時代考証担当の先生曰く
「大河ドラマは決して“正しい歴史”ではない。あくまで歴史に仮託した
ファンタジーです。」ですって、時代考証という枠の中で造られた。
自分のものごとが始まるきっかけ、と。
そのきっかけいただいてる若干一名、ここに(笑

なにはともあれ、
2週続けて見そびれた八重の桜、オンデマンドで見なくっちゃ。。

ぜーんぜん話は関係ないですが
先週ずっと今もまだ体の中でヴェーセンが響いてます、ぐるぐる。
代官山良かったなぁ。
明日の活力にもうひとつ^^



※【5/29追記】
昨夜よほど寝ぼけてたのかコピペミスや誤字だらけでした、お恥ずかしい><
ただ今修正致しました。
読みづらくって、すみませんっ。
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2013
05/18
*Sat*

Väsen!Väsen!Väsen!!

昨日、東大前の求道会館で行われたスウェーデンのトリオ ヴェーセンの公演に
行ってきました。
もーう凄い!楽しい!カッコいい!!
お腹の中からチカラわく。



初めて聞いた時は幸せを集めたらきっとこんな音って思ったけれど、2度目の
昨夜は極上って音にしたらきっとこんな感じなんだ、って。
そしてなんだか、ひと旅終えたような爽快感。



なにより、目の前のお三方の演奏している姿がいい。
豪快と繊細と重層と、時折お茶目なかけあいと。
眉間にシワが寄っちゃったなら、ヴェーセンのナマ音できっと頬緩む、、はず(笑
出会えて良かった。

あ、
専門的なことはさっぱり??なのですが
演奏の途中、雅楽の音を感じたような気が。
気のせいかな。
↓昨夜の会場、求道会館

求道会館Ⅰ  求道会館Ⅱ

なにはともあれ、
今日も今から代官山公演に行ってきます!
昨夜の公演後、チケット衝動買い(苦笑

2013
05/13
*Mon*

4/13(土)の寄り道京巡り -その②

category : 旅・遠足 | 日記 | 日記
先月たった数時間の京巡りだったというのに、話引っ張っりすぎました。
もう1ヶ月前、ですよねぇ
でもあまりに面白かったもので。
先日の連休、帰省したら弟と妹がそれぞれ京都に行ってました。
たまたまとはいえ、、、(苦笑

さて、
4/13(土)上賀茂神社を出てそのあとは。
京都御所の西側、護王(ごおう)神社に向かうつもりだったのですけど、
道中見つけてしまった晴明神社。
で、予定外の途中下車。

晴明神社鳥居

若い人たちが参拝に来てます。

晴明神社本殿 

本殿の

安倍晴明   厄除桃

左には安倍晴明さん、右には厄除桃。

戻橋

あ、式神もいました(笑
この↑戻橋、本物の戻橋の部材が使われているそうですが、その本物
一条戻橋、渡ってくれば良かったなぁ。
晴明さんが橋の下に式神を置いていたそう。
清盛の妻の時子さんも、安徳天皇(孫)誕生前に一条戻橋で橋占いを
行ったとか。
橋は、あの世とこの世が交錯する場所。

千利休宅の碑  晴明井

この地に晴明さんが住んでいらしたそうですが、鳥居横には千利休さんの
屋敷跡の碑も。
晴明井の水を利休さんも茶に使用、太閤秀吉もそれを口にしたそうで。
(あぁぁ、、地図を見ていたら、一条戻橋を渡っていればその先に小松帯刀さん
の寓居参考地の文字が・・・またまたしまった

清明神社の前、堀川通は桜がキレイでしたよ。
一条戻橋を渡り損ねて護王神社へ。

一生懸命営業中

移動途中のおそばやさん、一生懸命営業中(笑

護王神社鳥居

今回のお目当て護王神社のご祭神は、和気清麻呂(わけのきよまろ)さん。
奈良時代、僧侶の道鏡が天皇位を得ようとした宇佐八幡宮神託事件で天皇の
勅旨として宇佐八幡宮に参宮、正しい神託を得て戻り皇統を守ったとされる方。
と、
その際、当初勅旨候補だった姉の広虫さん。
当時孤児の救済・養育に力を注いだ方です。
天平冥所図会』を読んだ方なら、あぁあぁ!!!って感じ。

狛猪  護王神社手水社Ⅱ

こちらは狛犬ならぬ狛イノシシ、手水舎もイノシシ、

護王神社猪Ⅱ  おみくじ猪

あちらにもこちらにも。

神託は称徳女帝と道鏡の怒りに触れ、流罪になった清麻呂さん。
足を切られ配流地に向かうその道中、300頭のイノシシが現れ輿を守り道案内、
痛めた足もすっかり治っていたという。
なのでこちらのイノシシさんたちは霊猪(れいちょ)、護王神社は足腰の健康に
ご神徳があるのだそうです。
亥年のみなさん、機会があったらぜひ!

和気清麻呂

一度は別部穢麻呂(わけべのきたなまろ)などという汚名をつけられた清麻呂さん
ですけど。
ずっとずっと後の世、幕末の頃に孝明天皇から神号を送られ、その後明治天皇の
勅命により護王神社は今ある場所に遷座したのだそう。
時を経ても忘れられぬ忠義、あとでWikiを読んで胸熱くなりました。

好きだなぁ、和気姉弟。
広虫さんのご主人の葛木戸主(かつらぎのへぬし)さんも。
2010/11/6日記

この護王神社、京都御所の蛤御門のほんのすぐ斜め前なんですよ。
これは寄らずには帰れまい・・
ということでまた予定外、次のバス停目指して京都御所前横断。

蛤御門外から

蛤御門の外からと

蛤御門中から

中からと。
あちら側とこちら側、この門を境に銃弾飛び交った幕末の頃。
思わず、弾痕を探してしまった。
まだほんの150年前のことだというのがあまりに近くて、軽い衝撃。
胸痛い。

蛤御門足元

皆が通った門の足元。
どなたかがおっしゃってましたけれど、、
変に乱に飢饉に災害に疫病に、、京都の街が美しいのは、長い長い時間
数え切れないほどの痛みや犠牲を経てたくさんの血を流して、そのたび
乗り越え再生してきたから、と。
自分も、今回身に沁みました。

健礼門前

幕末の痛みの跡をもひとつ通り過ぎ、御所建礼門前。
遠く左に見えるのが先ほどの蛤御門。
ゆっくり歩きたかったのですけど、とても残念。
一般公開日に行ってみたいなぁ。
(参観申込みという手もある!)

さて急げと、あとは六波羅。
バスを降り、清水に向かうみなさんの中ひとり向きかえて

六道の辻

あの世とこの世の境界の場、六道の辻。

六道珍皇寺Ⅱ  六道珍皇寺Ⅰ

平安時代の公卿、小野篁(おののたかむら)さんが冥土通いしたという井戸が
ある六道珍皇寺(ろくどうちんのうじ)。
閻魔さまの補佐をしていたのですって。
残念ながら、井戸も閻魔さまも篁さんも、閉まった扉の小さな格子の間から
覗く感じで。
ま、それがいかにも異界な感じなのですが。
(長岡良子さんの漫画に篁さん、出てらっしゃいましたよねぇ・・?)

その昔、この辺りは鳥辺野と言われた葬送の場所。
今は観光で賑わってますが、当時は鴨川を渡って死体が運ばれてきていたところ、
と以前受けた講座で先生。
なので身分が低かった武士である平家の邸宅は川のこちら側だったのだと。

六波羅密寺入口

その邸宅があった辺り、六波羅密寺の入口。
(写真の女性は自分ではありません!!)
平清盛の弟、頼盛(よりもり)や教盛(のりもり)の住まいの名が残っているという
池殿町や門脇町を探してみたかったのですが、もうここまでで時間がいっぱい
いっぱい。
なにはともあれ、翌週平家落人の里に行く前にその場に立てたこと、ひとつ
お役目果たした感じでした。
あぁ、良かった。

結局、寄り道しすぎて大慌てで。
せっかくの京都だというのに、お昼を食べる間も惜しんですぐにこのあと奈良に
向かったのでした。
(直りません、毎度このパターン><)

いつも素通りしてましたけど、やっぱり京都っていいですね!
早くまた行きたい。
困りました、ハマりそうで

はぁ、長くなりました。
ここまでおつき合い下さった貴重なみなさん、
ほんとうにありがとうございましたm(_ _)m
ひとしきり、言葉に出せてあぁすっきり。
感謝です!!

無事かえる
「無事かえる」の石

2013
05/11
*Sat*

エッジ(境界)に生きる力

私たちは揺れる島に住む日本列島人。
この揺れる大地・振(←この字だそうです)るえる列島の「地力」と知力を
結びつける、それがこれからの世界を癒す。
境目に住む私たちの、エッジ(境界)に生きる力。

中心性ある意識・国がシステムを中心を作るけれど、中心の力は周辺の
力がないと広がらない共振しない。
動かない軸線ではなく。
気配を交換するコミュニケーション力、ケルトの組紐模様やアイリッシュ
ダンスの足さばきのように口ではうまく言えない心を形で表す力のような。


世界を驚かせた「奇跡の7分」 Eurovision 1994

振るえる大地に生きれば生きるほど、感覚が研ぎ澄まされる。
世界より少しずつ早く揺れを経験していることは、日本の宝。
振るえる情感を見る目、振るえる人間のミクロなところにタッチするかどうか。
その極微(きょくび)を分有する、分かち持つ人たちが地球のいくつかの
ところにいる。
日本に、そして日本と1万キロ離れているアイルランド・スコットランド・ウェールズ・
マン島・コーンウォールの島のケルトにも。

Celtic Spiral   トリスケル トリスケル(Wikipediaより)

中心統合的なシステムはこぼれる方が多いけれど。
ケルトの渦巻は、ミクロの中にマクロな世界がある。
伝えて来たのは目に見えない力、それが真ん中にいてわからない人たちに
感動を伝えられる。
極みを知っているからこそ、極の向こうにどう結び目を作るか知っている。
異なるふたつが手を結んだ時、新たにできる3つ目の結び目、回り始める
新たな輪。

風の中に聞こえる、かそけくささやかな呼びかけの声。
それがケルトの音楽。

良かったなぁ、、
有楽町のATELIER MUJIで行われたトークイベントで、多摩美大芸術人類学
研究所所長の鶴岡真弓先生のお話。
聞きながら、じんわり嬉しくなってしまった(潤目
ケルトと日本の昔々にタマノヲ引っ張られて(魂惹かれて)いるワケ。
テーマは「ケルト文化と音楽の精霊」、もっともっともっと歴史や今に繋がるケルト
のお話で盛りだくさんでした。

そしてまた発売されて間もない無印良品BGM18、ブルターニュのケルト音楽の
鶴岡先生のライナーがまたいい!!
『ブルターニュの「地力」』
(ただ今18番堪能中♪)

6/9(日)まで開催中の「無印良品BGM写真展 島のケルト 音と風光」、
トークイベントがあと2回ありますよ、写真の撮り方の。
そして来月6/28(金)29(土)には東京と大阪で来日公演も!
先着順だそうです ⇒ [来日公演]無印良品 グランフロント大阪 オープン記念
無印良品の音楽会 -フレンチケルト初夏の贈り物-


今まであった崖淵が、いつか誰か(自分)の力になるから。
さて、明日はゆっくり残ってる京都異界プチ探訪まとめます

モハーの断崖
モハーの断崖(Wikipediaより)

2013
05/08
*Wed*

連休終了

category : 旅・遠足 | 日記 | 日記
連休終わりましたね。
一昨日、4日間の帰省から戻りました。
もーう「あっ」という間

お休み、ゆっくりできましたか?

京都の話が途中でしたけれど、、
帰省中、豊橋にもある賀茂神社に行ってみましたよ。

賀茂神社橋

京都の上賀茂神社から勧請され創建、ですって。
豊橋では賀茂といえば菖蒲園。
菖蒲が咲く6月頃に何度か来てましたけど、知りませんでした。

神山古墳

参道の途中に古墳(神山古墳)があることも、
境内に貴船神社があることも、

賀茂神社

武田の軍師だった山本勘助さんのお祖父さんがこちらの神官をしていた
ということも、
徳川家康が戦勝祈願に立ち寄っていたことも、
その家康が身を隠したというご神木があることも。
へぇ・・(驚

せっかくなので、

山本勘助生誕地の碑

勘助さん生誕の地といわれる場所と

本願寺

勘助さんのご両親のお墓がある本願寺、
そして勘助さんの遺髪を納めたお墓があるという長谷寺にも足を延ばして。
ずいぶん前の大河ドラマ、ちゃんと観てなかったなぁ風林火山。
でも、そのお蔭で名前覚えてた(苦笑

思わぬところで。
ほんとは賀茂神社までの道中にある古墳に寄ってみるつもりだったのです。
が、今回は時間切れ。

何もないところなんですけど。
何かありました。
見ようとしてなかっただけ。

賀茂町

東へと、あの山を越えて行ったのかなぁ・・・

この連休、20年ぶりくらい(もっとかな?)で一つ違いのはとこ姉妹と
ゆっくりおしゃべりできました。
もーう、人生いろいろ泣泣笑い。
こちらも楽しかったなぁ。

さぁて、と。
またしばらくがんばりますか、ね。

2013
05/01
*Wed*

4/13(土)の寄り道京巡り -その①

category : 旅・遠足 | 日記 | 日記
今年も明治神宮春の祭典。
青空の下、一昨日も舞楽奉納美しかったです(惚

20130429舞楽奉納Ⅱ  20130428明治神宮舞楽奉納

始まる40分前に着いたらもう空席なし。
楽師さんたちの斜め後ろくらいから見ていたのですが、座っていた時より
音が綺麗に聞こえて舞もよく見えて、逆に良かったかも。
次回から、これでいこう。

その後、日本の文化・こころについて講演を聞いてきたのですけれど。
日本の文化と言えば、、
2週間前の寄り道京都も良かった!!
なんて、ほぼ無理やり(苦笑

4/13(土)、奈良博&吉野旅その前に。
いつも素通りしていた京都に立ち寄りまして。
朝一番で目指したのは下鴨神社、参道は糺(ただす)の森。
この糺す、もとは只洲が紀元だそうですが「偽りを正す」の意味にも解された
とかなんとか。

河合神社    

その森の入口に河合神社。
『方丈記』の著者鴨長明ゆかりの神社、と思って寄ってみたら、ご祭神は
海神の娘で神武天皇のお母さん玉依姫命(タマヨリヒメノミコト)でした(わぃ!

方丈庵

こちらの建物が「方丈」庵。
「ゆく河の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず」
読みましたよ311のあと、『方丈記』。

三井社

向かい側には、こじんまり三井社。
中社・西社・東社となっていて、中社はヤタガラスと言われた賀茂建角身命
(カモタケツノミノミコト)、東社はその娘の玉依媛命(タマヨリヒメノミコト)。
そう、今回はタマヨリヒメに会いに来たのです!

タマヨリは神霊の依り代を意味し、タマヨリヒメは霊(たま)の憑(よ)りつく巫女
とのこと。(Wikiより)
奈良の大神神社のご祭神、大物主命の奥さんも活玉依姫(イクタマヨリヒメ)。
もうずいぶん前、タロットの先生に「やっぱりね」と名前を見て言われた意味が
後々になってやっとわかったのでした。

糺の森ご神木

引き続き、
森を歩いて

下鴨神社さざれ石

さざれ石に

相生社

縁結びの相生(あいおい)社。
めでたいことを「相生(あいおい)」というのはここからなのだそうです。
修学旅行生がウロチョロしていました。
全然違いますが、
さざれ石を見て、悪いことをした人が触れると吸い込まれて石と化してしまう
立石のお話(確か)を思い出しました。
ピーター・トレメインの『アイルランド幻想』、、、
まさかね(汗

下鴨神社本殿  下鴨神社楼門

そしてやっと!下鴨神社、華やかな楼門。
西殿は賀茂建角身命、東殿は娘の玉依媛命。
本殿前に並ぶ干支の神様。
ありがたいなぁ。

御手洗池

池に湧き出る水あわをかたどったのがみたらし団子、ですって。
こちらが御手洗池、禊(みそぎ)の場。
早朝でしたから、近隣の賀茂みたらし茶屋さんまだ閉まってましたよ。

時間があれば歩くところでしたけど、今回は限られた時間なので省略。
バスで一路、上賀茂神社へ。
京都のバス移動は洛ナビ、便利ですね!
朝一番の乗車は調べなかったら遠回りになっちゃった

上賀茂神社

着いた上賀茂神社は爽快!!
入口広々、

上賀茂神社桜  上賀茂神社桜Ⅱ  
桜も満開。

杭

ついつい目が行ってしまう、こんなところ。
・・ケルトっぽい(苦笑

立砂

鳥居をくぐると陰陽の立砂。
写真だと見えませんが、向かって左側、松葉の様な細い葉が頂上部に
さされてます。

上賀茂神社楼門  上賀茂神社楼門Ⅱ

快晴~

片岡社

楼門横には上賀茂神社のご祭神 賀茂別雷大神(カモワケイカヅチノオオカミ)の
お母さん、玉依比売命を祀る片岡社。
先ほど下鴨神社の玉依媛命です。
写真、近すぎたかな
神社の正殿正面から写真を撮るものではありません。
今年の年始、伊勢外宮の多賀宮の目の前、みなさん手を合わせているその横で
カメラを構えた母子に神職さんが注意をされていました。
「バチがあたりますよ」
東照宮を観光中の異国の方にも教えてあげて下さい、ガイドさん・・


禊の場  

きらめく禊の場。

神事の岩 

賀茂祭(葵祭)には宮司さんがこの岩の上に蹲踞(そんきょ)をし勅使と対面、
御祭文に対して神のご意思を伝えるそうです。
説明書には
「この岩上(がんじょう)は神山(こうやま)と共に賀茂信仰の原点であり、
古代祭祀の形を今に伝える場所である。神と人との心の通路(かよいじ)
でもあり、「気」の集中する場所である。」

馬とカラスおみくじ

馬とカラス、、、

カラス

カラスいました。
神使かな(笑

境内をぐるり2周しながら、賀茂祭(葵祭)が気になったりして。
混みますよねぇ・・人スゴイですよねぇ・・
なんとなく名残惜しく、後ろ髪をひかれながら次への移動となりました。
また行きたい上賀茂神社。

さて、
このあと護王神社に向かったのですが、
この続きはまた今度。
晴明神社、御所(蛤御門)、六道珍皇寺、、と続きます。
iphonにかえたら画像が大きすぎてそのままアップできず><
ひと手間にトホホです。

黄緑桜  

道中いろんな桜が咲いてましたけど、
黄緑色の桜、初めて見ました!

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テンプレート:サリイ (ブログ限定配布版 / 素材: BEE)  
 
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人生が輝き出す名言集 第2章



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たまよりあまくり

Author:たまよりあまくり
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