This Archive : 2013年04月

--
--/--
*--*

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

2013
04/28
*Sun*

大神社展に行ってきました

今朝のEテレ日曜美術館、東博の「大神社展」でしたね。
昨日、奈良国立博物館で作ったパスポート(!)を持って東博に行って
きました。
・・行かれましたか?

大神社展

もーーう濃厚、良かった!!
きらびやかな平安時代の神輿(しんよ)に平家納経平清盛の直筆、
立派な神鹿に鏡の数々、古墳時代の楯に子持勾玉...etc。
石上神宮の七支刀見て、涙出そうになりました。
彫りつけられた「・・・倭王のために造り後世に伝えられるように」
って、
これからまた後もずっと、伝えられますように(祈

各時代、最高の職人が持てる技術の全てを駆使して心を尽くした宝物。
見えない神様方のために。

祀りのはじまり、三輪山や沖ノ島の出土品もよかったな。
宗像大社の金製指環、金色に輝いてましたよ!
6~7世紀、新羅時代の品。

福井県の若狭神宮寺からいらしてた神様(神像)、小丹生之明神って
東大寺のお水取りで遅刻しちゃった神様だったような・・

この日の講演、神社本庁総長で京都石清水八幡宮の宮司さん曰く、
「神道は神の道、八百万の神々がひかれた道。
神道の精神は清明正直と中今。
この時間を精一杯生きる、日本人が生活しているそのままが神道。」

プラスもマイナスも、平均値からかけはなれたのが神様。

鎮守の森は命の繋がり。
自然は命の繋がり、自ずとそうなるのが自然(じねん)。
共生を「きょうせい」「ともいき」と言いますが、神道では「ともうみ」、
自然と協力して何かを生み出していく。

弥生時代からある「おむすび」も。
お米の稲霊(いなだま)を産霊(むすぶ)のがおむすび。
手塩にかけて。

1円玉、手元にありますか?
描かれているのは招霊木(おがたまのき)だそうです。
巫女さんが持つ鈴によく似た実がなるそう。
鈴は、辺りを清める。
アメノウズメノミコトが岩戸の前で踊る時に持っていた木だとか。

今年は伊勢も出雲も遷宮ですが。
一緒になったのは史上2回目だそうです。
1度目は戦後、昭和天皇の命で伊勢の遷宮が4年遅れて行われた時。
そして今回。
この秋、伊勢は米の座(くら)から金の座への宮遷りだそうです。

前期と後期で宝物の展示替がありますから。
もう一度行こうかな、神様方に会いに。
グッズも可愛かったです。
噂のジンジャー(神社)クッキーとか(笑
スポンサーサイト

2013
04/27
*Sat*

日光で

category : 旅・遠足 | 日記 | 日記
今夜も冷えますが、、
先週日曜の雨降る日光も寒かった・・

日光東照宮Ⅱ

残る雪!(震っっ
標高がスカイツリーと同じだそうですょ。
って、
もう行かれてご存知の方のが多いですよね

日光東照宮Ⅰ

日光東照宮 奥宮特別参拝券より、家康公からメッセージ↓

東照公御遺訓

人の一生は重荷を負(おひ)て、
遠き道をゆくが如し。
いそぐべからず。不自由を常とおもへば不足なし。
こころに望おこらば困窮したる時を思ひ出すべし。
堪忍は無事長久の基(もとゐ)。
いかりは敵とおもへ。
勝事(かつこと)ばかり知てまくる事をしらざれば害其身にいたる。
おのれを責(せめ)て人をせむるな。及ばざるは過(すぎ)たるよりまされり。


日光東照宮装飾Ⅳ  日光東照宮装飾Ⅰ

中学校の修学旅行以来でしたけど、行ってみて印象が変わりました。
装飾過多で悪趣味って決めつけていたけれど、緻密で隙がない。

日光東照宮装飾Ⅲ

これでもかって細部の細部までほどこされた文様・彫刻に、耳なし方一の
身を守るため体中隙なく(耳以外)書き記された経文のことを思い出しました。
そういう意味もあるのかな。

日光東照宮五重塔

いつも目にしてる奈良のものとは全く違う五重の塔。
初重軒下には十二支、正面に並ぶ寅(家康)・卯(秀忠)・辰(家光)。
ちょうど心柱を公開してました。
完成は終わりの始まりだと陽明門の柱かどこか逆さに模様があるとか
なんとか本で見てたのですが、探すの忘れちゃった

彫鳥

このヒトと目が合って。

見猿言わ猿聞か猿

お馴染みのお猿さんたちも。
あらためて説明を読んでみると、
「幼いうちは、純真で周囲の影響をうけやすい。だから世の中の悪いことは
見聞きせず、悪い言葉も使わせず、良いものだけを与えよ。この時期に、
良いものを身に付けておけば、悪いものに触れ(対し)ても正しい判断(行動)
ができる。」
だそう(ほぅ

日光東照宮装飾Ⅱ

どこもかしこも、職人さんたちの腕自慢が聞こえてきそう。
いい仕事だったでしょう、暮らしにも誇りにも。

参道

会津藩主、松平容保公は会津戦争後こちらの宮司になられたとか。
会津藩家老だった西郷頼母氏もこちらの禰宜(ねぎ)職に。
宝物館で展示がありました。
鬼怒川からそのまま電車に乗って会津に行けるのだって、今回初めて
知りまして。(すみません、家康公と同郷愛知出身
会津にも行ってみたいなぁと。

田道間守

そして、
二荒山(ふたらさん)神社で会えました、田道間守(だじまもり)!
お菓子の神様だそうですが、Wikipediaより↓
「11代垂仁天皇の命により、非時香菓(ときじくのかぐのこのみ)を求めて
常世の国に渡った。10年かかって葉附きの枝と果実附きの枝を日本に持ち
帰ってきたが、垂仁天皇はすでに亡くなっていた。タヂマモリは半分を
垂仁天皇の皇后に献上し、残りを垂仁天皇の御陵に捧げ、悲しみのあまり
泣き叫びながら亡くなったという。」
奈良県唐招提寺の近く、垂仁天皇陵のお堀の中に田道間守のお墓と
言われている小島がひとつ。
それが、、思わぬところで(ニンマリ

二荒山神社横、家光公眠る大獣院を参拝した後で、

別宮へ

こんな道を通って

白糸滝  滝尾神社

白糸滝&二荒山神社別宮滝尾神社。

瀧尾高徳水神社

そこで、
吉野の水の神様にも会えました!
瀧尾高徳水神社。
足を延ばして良かった~(嬉

山伏さん

山伏さんたちともすれ違い。

山鳥

このヒトとも目が合いました(笑

二荒山神社のご祭神は大己貴命(大国主命)、田心姫命(たごりひめのみこと)、
味耜高彦根命(あじすきたかひこねのみこと)の父母子ですが。
この味耜高彦根命(漢字難しい!)、別名が迦毛大御神(かものおおみかみ)で
賀茂社の神。
旅の賀茂絡みが続いてます。

ということで、
繋がるその1週間前の京都旅、下鴨・上賀茂神社参拝(苦笑
そうそう、桜の吉野の役行者(修験道の祖)も賀茂氏です!

明日は久々ゆっくりできそうですから。
(今日は東博に行ってました~)
続きのおしゃべりできるかな。

今回の鬼怒川・日光旅、通勤帰りに時々携帯で応募している朝日新聞系列
朝日マリオン(モバイル)さんでホテルの宿泊券が当選したのでした。
1泊2食付き、思わぬご褒美!
昨年暮れにいただいて、やっとやっと。
ホテルハーヴェスト鬼怒川」さん、綺麗で心地よくてとても良かったです。
大感謝!!

ではでは
連休のみなさんもお仕事のみなさんも、
どうぞよい週末を^^

円石
円石(まるいし)「人の心を丸く 角たてず おだやかに 生きれば 自然に 人は幸せになれます」

2013
04/24
*Wed*

湯西川平家の里へ

category : 旅・遠足 | 日記 | 日記
土曜日の極寒鬼怒川温泉、鬼怒楯岩大吊橋の上より(震っ

鬼怒川

行ってきました平家落人の里、湯西川。
鬼怒川からバスで約1時間。
源平の戦いで敗れ平家追討の命が厳しくなる中、平清盛の長男重盛の
孫を擁した一族たちが逃げ延びた先だそう。

復元平家の里

復元平家の里の

平重盛公の木

入口前には樹齢800年、ご神木と記された「平重盛公の木」(合掌
少し離れて清盛公の木も。

復元平家の里2

逃れ逃れて。

平家塚

入口横には平家塚。
ここに甲冑や刀剣等、安住の地と定めて埋めたと言われているそう。

赤間神宮

わずか8歳、壇ノ浦で入水された安徳天皇を祀る赤間神宮も。
唯一の分祠、だそうです。
復元平家の里を出て道を下るとすぐ、重盛の子高房の名のついた高房神社。
そして平家集落。

平家集落

その昔、一門の女性が男児を産んだ祝いにと端午の節句にささやかな
鯉のぼりを立てたところ、源氏に見つかり痛手を負った。
それ以来、湯西川では鯉のぼりをあげず時を告げる鶏も飼わない、のだとか。

平家落人民俗資料館

ゆかりの品を展示する、平家落人民俗資料館。
「重盛愛用」の文字に目を凝らしながら(写真不可でした)、
「忠ならんと欲すれば孝ならず、孝ならんと欲すれば忠ならず」
昨年の大河ドラマ、若い俳優さんの名演を思い出す。
正気であるほど苦悩は大きい。
清盛と後白河院、力と力の間、重い立ち位置で心身削って。

ありませんか?
いっそのこと狂ってしまえたならどんなに楽か。
そんな思いに至ったこと。

盛者必衰、諸行無常、以前は滅びて当然の様な平家のイメージでしたけど。
栄華を極め権力を振るい我が世のままと奢る中、心痛め時に苦言を呈した
良識ある人も一門の中にいたということ。
時の波に翻弄され、涙した人たちがいたことも。
過ぎてわかる、道の誤り。

ひょんなことから、鬼怒川温泉に宿泊することになって。
何かあるかと探してみたら、出て来た湯西川平家の里。
なので、
先日の京都旅ではどうしても、六波羅に寄りたかったのです。
平家の屋敷があった場所に。
つくづく、縁とは不思議で面白い。

この日冬の陽気の小さな温泉町は旅行客もほとんどいなくって、行きも
帰りもバスは貸切状態。
寂しい感じだったのですけど、6月に行われるお祭り「平家大祭」の日には
臨時バスが出るほどだそう。
(良かったね!)

せっかくなので翌日は、日光に行ってきました。
修学旅行以来の東照宮~。

それにしても、
栃木のいちご尽くしは嬉しい!
鬼怒川のきぬ太焼き、

きぬ太焼き

いちごあんが美味でした!

いちごブッセ

いちごブッセもまた食べたい。

2013
04/18
*Thu*

寄り道旅話

category : 旅・遠足 | 日記 | 日記
吉野からの帰り道、2時間ほど時間を持てましたから。
途中下車して、飛鳥に寄っちゃった。

飛鳥

橿原(かしはら)神宮前駅から、甘樫丘と山田寺跡と飛鳥資料館。
いや~、良かった!!
(M子さん!!!)

山田寺址

先週末の2大潤目感無量、
30年振りに公開、奈良博當麻(たいま)寺展の国宝綴織當麻曼荼羅(つづれおり
たいままんだら)と、飛鳥資料館の山田寺東回廊。

大きな大きな曼荼羅は、仏様の姿さえ目を凝らさないとわからないほどでしたけど。
継母に疎まれ14歳で殺害されそうになった中将姫(藤原鎌足の孫の子)が、出家して
のち26歳のとき、仏のお告げを受け蓮糸で一夜にして織りあげたという。
真偽はともあれ、
4m四方もあろうかというそれは大きな曼荼羅を作り上げたそこまでの思いと、
1000年以上ご本尊として手を合わせて来た人たちがいるという事実。
中将姫は29歳で入滅(解脱)、菩薩に迎えられ極楽浄土へ向かったそうですが。

20代女子、姫の心の中たるや・・
當麻寺さんから中将姫の像も、奈良博にお出ましになっています。

一方山田寺。
645年、大化の改新時に中大兄皇子(天智天皇)に協力したにも関わらず、のちに
謀反の疑いを掛けられ自害した蘇我倉山田石川麻呂発願のお寺。
石川麻呂は、中大兄皇子の義理の父。
亡くなったあと没収された財産にはすべて、「中大兄皇子のもの」と書かれていたとか。

山田寺東回廊

目の前に、千数百年地中で眠っていた東回廊。
じーん(胸熱

確かにそこに、いた誰か。
自分と同じ足元の地に、どれだけの人生があったことか。

緑の雷丘(いかずちのおか)を横目に見ながら。
「つづき」をいつにしようかと思ったのでした。
(まだまだ回り切れておりませぬ~)

あぁ、京都の話を聞いてもらおうと思ったのに。
ここまでで長くなってしまった

今回土日で、
1日目:【京都】下鴨神社→上賀茂神社→晴明神社→護王神社→(京都御所)
     →六道珍皇寺→六波羅密寺→【奈良】奈良博→興福寺
2日目:【奈良】吉野→飛鳥
と、異界巡りのような濃~い2日間。

興福寺靴袋

興福寺さんの南円堂・北円堂特別拝観でいただいた靴袋がかわいいでしょ!

心弁当

帰りの新幹線内では興福寺さん監修の「心」弁当。

あすかルビー

あすかルビーも食べました。

六波羅密寺は平家の邸宅があった辺りですが。
明後日、縁あって鬼怒川温泉のもう少し先、平家の里に行ってきます。
京旅話、また今度おつきあい下さい!

2013
04/17
*Wed*

3/14(日)の吉野山報告

category : 旅・遠足
行ってきました、初の桜の吉野山。
すっかり見頃は外しちゃいましたけど

朝7時過ぎ頃吉野駅着。
ケーブルとケーブルバスを使って一気に奥千本入口へ。
金峯(きんぷ)神社にお参りして、目指すは奥千本、西行庵。

奥千本Ⅰ

こんな道を通って

奥千本Ⅱ

西行庵前。
千本どころか、、それが意外にこじんまり。
復元西行庵周りには

西行庵

・・色気なし

平安から鎌倉時代にかけて。
23歳で出家した元武士の西行さんが、後に3年ほど静かに暮らしていたところ。
出家の動機は親しい友の死とか、失恋とか、なんとかかんとか。
どちらにしても、
人里離れた気持ちはわからないでもない。
かつては芭蕉もこちらを訪れたそう。

義経隠塔

せっかくなので久々、金峯神社横を入って義経の隠れ塔。

山桜

山桜は、赤い葉っぱがかわいい。
吉野の桜は、1300年前役行者が蔵王権現を刻んだ御神木。
その後信者の人たちによって献木として植え続けられた、祈りの桜。

その桜が思ったほど見えず。
高城山展望台でやっと、間近に。

奥千本Ⅲ

それでも、
次の吉野水分(みくまり)神社に着く頃にはもーう、繋がる人混み。
来年こそは!の当初の意気もこの辺りですっかり萎えました(汗

吉野水分神社

過去何年かの桜の開花のカレンダーを見て無難そうな日にちを選んだのですが。
今年は例年になく、みたい。
眺めが見事、なはずの花矢倉展望台からピンクのお山はもう見られず。

花矢倉展望台から

一目千本!と言われる吉水神社境内からも。

一目千本  上千本

ピンクではないけれど、色合いはキレイ。
いつもより葉の赤味が濃いそうです。
義経・弁慶・静御前が、後醍醐天皇が、秀吉が、腰を下ろした吉水神社。
ちゃーんと、潜居の間や玉座が残されてます。
吉水神社も先の吉野水分神社も、世界遺産。

「よき人の 良しとよく見て よしと言ひし 吉野よく見よ 良き人よく見つ」
ラッキーなことに!
金峯山(きんぷせん)寺蔵王堂前で行われていた「守ろう!吉野の桜」トークイベントで、
奈良大上野先生のお話を聞くことができました。
「かつてよい人が、よしとよく見て、よしと言ったこの吉野を、今の人もよく見なさいよ」
(歴史街道HPより)
・・天武天皇からメッセージ来た(嬉

くまぶしくん

あ、金峯山寺で噂(!?)のくまぶしくんに会えましたょ。

以前聞いたオススメ通り、一気に奥千本まで行って下って来るのが大正解。
体力温存でゆっくりと、周りを堪能しながら歩けました。

葛もち

葛もちいただいたり!

朝7時過ぎから13時半ごろまで、山を下るに従って人が増え、バスやケーブルには
長ーい行列。
一本道は人の波。
行くならぜひ、朝一番で。

しかし今回不完全燃焼。
来年!?
んー、、、
昨年3月、小雨の中歩いた吉野山(2012/3/24日記)は良かったなぁ。。

この前日立ち寄った京都上賀茂神社の桜。

上賀茂神社桜Ⅱ  上賀茂神社桜Ⅰ

華やかです。
今回はね、京都&奈良博&吉野旅でした。

2013
04/07
*Sun*

お釈迦さまの誕生日

やぁ!

誕生仏

・・なんて。

4月8日はお釈迦さまの誕生日。
ということで、
昨日まほろば館でお釈迦さまに甘茶をかけてきました。

花御堂

元興寺さん(奈良県)の花まつりでお出ましになるお釈迦さまだそう。
草花で飾られた花御堂の中央、お盆に乗った誕生仏に柄杓で甘茶をかけて
お釈迦さまの誕生を祝う花まつり。
甘茶をかけるのは、産湯を使わせるために9つの竜が天から清浄の水を注いだ
との伝説等に由来するとか。
推古天皇の時代に元興寺さんで行われたのが始まりなのだそうです。

その元興寺さんの花御堂で、甘茶かけ初体験。
甘茶の試飲も初体験。
元興寺さんの本番花まつりは5月8日ですって。
法話会に参加したら現地拝観受付でのプレゼント引換券、いただいちゃった(嬉

今度の土日、奈良博の當麻寺展&吉野の桜お花見決行なのですが。
限られた時間のプランが定まらない。
元興寺さん行けるかなぁ・・
今日も、地図と資料とにらめっこ。
どうしようかな。

元興寺さんの花御堂で甘茶かけ、9日(火)までできるみたいですよ。
まほろば館「花まつり -命の恵みに感謝する-」

Copyright © たまより日記 All Rights Reserved.
テンプレート:サリイ (ブログ限定配布版 / 素材: BEE)  
 
04
1
2
3
4
5
6
8
9
10
11
12
13
14
15
16
19
20
21
22
23
25
26
29
30

人生が輝き出す名言集 第2章



presented by 地球の名言

プロフィール

たまよりあまくり

Author:たまよりあまくり
裏庭へようこそ!
スコットランドにアイルランド、
古事記に万葉、飛鳥・奈良。
ケルトの国と日本の昔々が
大好きです。
興味ごころの向くままに、
できることからひとつずつ、ね。

Twitter

最新記事

月別アーカイブ

カテゴリ

ブログ内検索

最新コメント

自動翻訳

Powed by ウィンドウズの玉手箱

リンク

今できること

クリックで救える命がある。 MOTTAINAI

ご訪問ありがとうございます

※1日1カウントです。

QRコード

QR

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。