This Archive : 2012年03月

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2012
03/25
*Sun*

〔ナラタビ-3〕今はもう昔の

category : 旅・遠足 | 日記 | 日記
ホントは古事記を暗誦した稗田阿礼さんに会いに、賣太(めた)神社
に行くつもりだったのですょ。
吉野を歩けちゃったものだから。
その勢いで翌日山の辺の道へ。
天理駅から桜井駅まで16キロ。
某同僚さん曰く、「頭おかしい」って(笑

石上神宮1  石上神宮2

まずは石上神宮から。
物部氏に布都姫、石上麻呂を思いながら。

梅

前日とうって変わって快晴で。

山の辺の道1

こんな道や

山の辺の道2

こんな所をひたすら、歩く歩く。

なんでここ歩いてるんだろ、なんて思ってみたり。
それでも、
朝9時前の、道から外れた畑の向こうの大きくない陵で。
すでに掃き清められてる、その見えない仕事にキュンとなって。

衾田陵

また歩く。

長岳寺門

ちょうど真ん中辺り、長岳寺の門。
弘法大師が開いたお寺。

山の辺の道3

なんとか

山の辺の道4

かんとか。

神籬  景行天皇纏向日代跡

神霊の降臨する依り代であった「神籬(ひもろぎ)」の意味の地を
通り過ぎ。
景行天皇(ヤマトタケル父)纏向日代跡を通り過ぎ。

兵主神社

風水の神様でもあるという兵主神社に

旧蹟カタヤケシ

野見宿禰 (のみのすくね)祀る相撲発祥の地を越えて。
(安彦良和さんの『蚤の王―野見宿禰』読んでおいて良かったな。)

桧原神社

やっとやっとたどりついた桧原(ひばら)神社で感無量。
倭姫と豊鍬入姫(とよすきいりひめ)、おふたりもこうして歩いて
伊勢の地を定められたのだと思うと、じーん。
道なき古代にどんなに大変だったことか。
ちょうどこのお彼岸の時期、ここから二上山の二つの山の間に
夕日が落るのがキレイに見えるそうで。
男性が数人、カメラを持って座ってました。

かなりヘタレモードでしたけど、あともう少し。
(そりゃ昔の人は、休んで途中で歌でも詠みたくなりますゎ。)

狭井神社

狭井神社の次に、にゅうめん食べて大神神社。
着いたー!!!
ほぼ20年振り。

大神神社

目にした活玉依姫(いくたまよりひめ)の文字に、生きてるたまより
来ましたと心中挨拶してみたりして。
足を止めたら動けなくなりそうで、写経のように祓詞を書く写典に
心惹かれながらまた今度。
(三輪の高市麻呂さん、また来ます!)

実はこのあと。
古代の市跡、海柘榴市観音(つばいちかんのん)辺りから桜井駅に
向かうまでの間に。
一気に現実に引き戻された感で。
今までどれだけお墓参りしようが遺跡に足を運ぼうが感じたことも
なかったのですけど。
すべてはもう終わったこと、みんないないのだということを強く実感
させられて。
今はもう昔のことなのだと、急にまだ見ぬ友たちを初めて遠くに感じた
のでした。
寂しいような、、軽いショック。

朝8時前から16時くらいまで。
古い道を歩いてひとつ人生体験し終わったようで。
足が棒になりながらも、それでも道標が出るたびに脇道それて目にして
みたいと思ったし、先人の小さな足跡を見過ごしたくないと思ったし。
遠くの便利な市街地を横目に、人の気配少ない本道外れたこの道を。
もう少しゆっくりしてもよかったなぁと後で思いながら、それが今生の
自分なんだなと。

結局、歩きながら拾ったゴミをそのまま自宅まで持ち帰り。
確かに歩いた印となりました(苦笑
(次は葛城古道、歩けそうだな。うん。)

蝶

つまらない旅話に長らくおつき合い、ありがとうございましたm(_ _)m
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2012
03/24
*Sat*

〔ナラタビ-2〕雨の吉野で

category : 旅・遠足 | 日記 | 日記
鹿317-1
食べたい。

鹿20120317-2
食べる!・・・笑。

正倉院の翌日行ったのは、

宮滝遺跡  宮滝

雨模様の吉野。
まず行きたかったのが宮滝の吉野宮跡。
1340年昔壬申の乱前、「虎に翼を着けて放てり」とささやかれながら
のちの天武天皇、大海人皇子が隠遁した場所。
ここを拠点に舎人(とねり)たちが近江の京へ東国へと山を越え、馬を走らせ。
ちょうど今この時期も、決起を目指して耐えに耐えてた頃なのだ・・
って、怪しい天候にまで余計に感慨(苦笑

電車での飛鳥からの遠さにも驚いたのですけど。
ここに30数回も、持統天皇は巡幸したのだなぁ・・と。
そして斉明天皇(天武天皇母)も聖武天皇も、ここに宮を持ってたそうで(ほぅ

空模様の危うさに直前まで迷いに迷っての宮滝行きで。
バスを下車したのは自分ともうひと方。
ツアーの下見に来たという、普段山岳ガイドや旅行会社の歴史講師を
されているというT氏。
ありがたいことに!お言葉に甘えてちゃっかり同行させていただきました。
いや~、勉強になりました面白かった。
(Tさん、ありがとうございました!)

宮滝から万葉の道に入って。
歌にも出てくる象(きさ)の小川。

象の小川  象の小川解説

通り添いにある桜木神社には、柱の上に象の姿も。
(撮ってないのでこちら、3枚目の写真左上に)

本居宣長も歩いたという本道外れた山道を、滝を覗いて杉林抜けて。
100年育った杉30本で1年暮らせるのですって。
先祖の仕事で今を暮らし、自分の仕事が子孫の糧に。

吉野水分神社

時間的に到底無理だと思ってた↑吉野水分(よしのみくまり)神社。
ここで西行さんにご挨拶。

あともう少し、金峯神社に義経の隠れ塔まで山道上り。
それから下って吉水神社では。

義経潜居の間  後醍醐天皇玉座

↑義経と静御前が滞在したという間(左)や後醍醐天皇の玉座(右)に感嘆。
弁慶の籠手(こて)や義経の鎧、水戸黄門お供の介さんの書状まであって!
普段心向いてない各時代も、本物見ちゃうと気になるから。
まんが日本史辺りから入門かな、なんて。

雨天の吉野は山が一斉に呼吸しているようで。
生きてる霧は、上から見降ろすと気のせいかピンク色。(つぼみ色かな)
ここが、各時代の要人みなさんが来た来たがったあの吉野で。
修験の祖、役小角(えんのおづぬ)が修行した吉野なのだと、、
再感慨。

その小角さんが開いた金峯山寺、蔵王堂が

金峯山寺蔵王堂1  金峯山寺蔵王堂

もーう圧巻!
東大寺の次に大きいのだそう。
またの機会があったなら、次は蔵王権現公開中に会いに行きたい。

それにしても、
桜開花前の小雨の中を、朝から夕方までずっと。
T氏について歩けちゃった。
この勢いが翌日、山の辺の道(16キロ)へと続いてしまうわけですが

この山奥まで。
電車も道の整備もない時代、先人のみなさんみんな自分の足で
たどり着いたわけで。
例え籠や輿に乗っていても、決してそれは楽ではないはず。
それでも深い霧に囲まれながら霧雨に濡れて進みながら、なんとなく。
そうまでしてもここまで、の、気持ちに少し近づけたような。

小雨の吉野、良かったですよ。
霧で自分も洗われた。
そして人生の先輩Tさんのお話で、知る楽しさ再認識。
やってみなくちゃわからない。
ね、Tさん!
そして考えすぎの人は、蔵王堂近くの脳天大神へぜひ(笑

2012
03/20
*Tue*

〔ナラタビ-1〕手を延ばせばすぐそこに、   

category : 旅・遠足 | 日記 | 日記
、正倉院正倉。
届きそうで届かない。
って、触っちゃダメなんですけど。

正倉院柱2  正倉院柱1  

↑この足で、支えてきました。
おおよそ1260年。
礎石に合わせて削ってある柱。

校倉造2  校倉造1  

校倉造の木の年輪。
見えますか?
正倉院ができるずっと前を知ってる木、ずっとこれまでを見て来た木。

屋根2  屋根1  

鎌倉・江戸・明治の修理跡。
そして1世紀ぶりに、今度は平成の改修工事。

中倉  

この週末、待ちに待った正倉院の工事現場公開に行ってきまして。
普段勅旨が開けるという扉も、開いている~!

北倉

聖武天皇愛用の品を納めていたという北倉の。
中の棚は伊藤博文さんが作らせたものだそうですが。
いやぁ、、、感無量。
離れがたくて、順路2周しちゃいました。

ひと足先、前日足運んだもり子さん(@hinemosuuu)が教えてくれた通り、
早めに行ってもすぐに入れてくれて。
逆に人とそう重ならず、ゆっくり静かに見られました。
いいかも。
(もり子さん感謝!!)

次回工事現場公開は9月頃だそう。
また応募したいな。
こちら、同じく東大寺の転害門。

転害門1  

宮大工口伝、「木は生育の方位のまま使え」通り。
節いっぱいの門の柱。

転害門柱
  
反対側は↓この通り。

転害門2

現場体感がなによりで。
花より団子ならぬ、団子よりももう一歩。
美味しいものより次へ行きたい、もひとつ見たい感じたい。
で、今回たーくさん歩いてきました。
(歩けちゃった!)

先人の思い、先人の足跡。
知ると繋がる、知ると近づく。
歩いて歩いて自分も見える、ほんと。

雨の吉野に山の辺の道と。
これがまた、なかなかふむふむあれやこれや。
またまた懲りずに奈良旅ですけど
おしゃべり尽きませんから、この続きはまた次回。

あ、写真。
下手ですから!(笑

正倉院
正倉院(Wikipediaより)

2012
03/12
*Mon*

生き直し

昨日は。
まほろば館で當麻寺(たいまでら)の法話中に、14:46を迎えました。
お話の始めに、住職さんが念仏唱えて下さって哀悼合掌。
お話のあとも、練供養の実演をして下さいながら会場皆で合掌念仏。
なんとなく。
ひとりじゃなくてよかったな、と。

観音菩薩、勢至菩薩ら二十五菩薩が、現世に里帰りした中将姫を
迎えて極楽へ導くという練供養の行事で。
菩薩役のみなさんが顔につけるお面が最近新しいものになったそう。
前のが味があるなぁと言われて作った方曰く、
「500年もつように作ってあるから。次また生まれ変わったら作るから。」
ですって。
いいなぁ。

1000年途切れず続いているという練供養の。
衣装を型からおこして作るのも菩薩役をされるのも、すべて菩薩講という
一般の方の集まりなのだとか。
菩薩役実演して下さった男性お二人が、伝統を繋げる、400年先まで、
って。

時に明日でさえも見えない日があるというのに。
それでもこうして。
繋がれてきたのだな、と。
今だから余計、その重みが身に沁みる。

実はちょうどその前日に。
先月観た映画『鬼に訊け 宮大工 西岡常一の遺言』の西岡棟梁の
お弟子さんだった小川三夫さんのお話を聞いたのですが。
(もーう、感激!!)
やっぱり、何百年かの先を見て、木の話寺の修理の話。
そして、10年かけて育てるお弟子さん。

時間の物差しの違うこと。
違う物差しがあるということ。

「コノ世ノカハリノ継目」を越えて。
意識の変わりの継目となった、あの日あれから。
生き直して1年。

2012
03/04
*Sun*

「世界最古の洞窟壁画」と「100000年後の安全」と

category : 映画 | 日記 | 日記
昨日、映画「世界最古の洞窟壁画 忘れられた夢の記憶」を
観て来たのですが。
3万2千年くらい前に描かれたという壁画の映像の最後の最後、
思わぬ場面が出てきまして。
(これから観る方、ここまでで!)



昔氷河に覆われていたというその場所からおおよそ30キロ離れた
ところに今ある原発、そしてその原発を冷やしたあとできる温水を
利用して熱帯地域を再現しているという施設。
その中で繁殖しているワニ。
思わず、以前観た映画「100000年後の安全」を思い出して、、
ぞっ(寒気



3万2千年を経て足を踏み入れられた洞窟の壁画と、10万年経たないと
無害にならないという放射性廃棄物を地下に埋蔵する処分場と。

とっさにイザナギとイザナミの黄泉比良坂場面が浮かんで。
「お前の国の人間を1日1000人殺してやる」
「それならば私は、1日1500の産屋を建てよう」(Wikipediaより)
ぐるぐる・・。

世界最古の洞窟壁画

まるで今そこで描いたかのような見事な動物たちの姿に感嘆、
3万2千年前の人たちとその長い時間に思いを馳せていたのですが、、
一気に現実。
遺る奇跡と見つかる偶然と、これから10万年遺される危険物と。
またまた考えさせられました。

それともひとつ。
自分は、映画は3Dじゃない方がいいなと

Copyright © たまより日記 All Rights Reserved.
テンプレート:サリイ (ブログ限定配布版 / 素材: BEE)  
 
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人生が輝き出す名言集 第2章



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