This Category : 講演・講座・習い事

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2013
05/28
*Tue*

当事者です、自分も。

栗饅頭と鍋焼きうどんとあんみつは江戸の時代劇に出てきてはいけないそう。
当時まだなかったから。
栗饅頭は日清戦争のあと、鍋焼きうどんは明治10年に大阪から東京へ、そして
あんみつは明治36年に浅草の和菓子屋さんで生まれたのだそうです。
へぇ・・

先週土曜日、苦手な幕末を勉強しに明治大学へ行ってきました。
リバティアカデミーのオープン講座「幕末・明治の人間模様と時代考証」、講演の
テーマは「幕末・明治の会津と薩長」と「大河ドラマ『八重の桜』と時代考証」で。
・・そう、その『八重の桜』を観ていて関心を持ったから(苦笑

日本はフランス式を取り入れたから兵隊は右に銃を担ぐけれど、火縄銃は火を
点けっぱなしにして歩くため火が体の外側に向くよう左側に銃を担ぐ。
セイタカアワダチソウ、ヒルジョオン、ヒメジョオンは戦後入ってきた植物だから
時代劇の画面に映ってはいけない。
「回れ右」は幕末からあった。
織田信長の部屋に望遠鏡をおいてはいけない、地球儀はあってよいけれど
そこにオーストラリアが記されていてはいけない。

「面子(メンツ)」という言葉は支那事変後に入ってきたので、もし時代劇で
使うなら「面目」か「対面」で。
「がめつい」は昭和34年から、「牛耳をとる」を縮めた「牛耳る」は明治末~
大正頃に学生が使い始めたため、時代劇ではNG。
「賛成・反対」は「承知・不承知」。
「目からウロコが落ちる」は聖書の言葉のため、時代劇ではこれまたNG。

って、時代劇の各「ならぬものはならぬ」なわけですが。
時代考証はもう時代劇だけのお話ではないそうです。
明治から戦前、昭和30年代もすでに対象となっていると。

右に担ぐ銃も一斉に掛け声で左に掛け替えることがあった、という軍体経験
のある方のお話。
千人針は女性だけがするもの、自分から声をかけるのではなく、道路の隅に
立っていると見かけた人が自分から寄ってきて協力してくれた、というお話。
書籍だけではわからない、それを見て来た当事者の声、その場の事情。
間違いではない、その場面。

だから、そう、
10年後、20年後、30年後に、目の前の今を伝えるのは今在る私たち。
家族や先輩諸氏の体験に、学んだことや日々のあれこれ。
見て聞いて、記憶を繋げて。
当事者です、自分もこれからの。
責任重大だ。

メモはほとんど時代考証のお話になっちゃってますけど
会津と薩長のお話も事情いきさつがまた少しわかって、もうちょっと知りたく
なりました。
先月訪れた京都の蛤御門、公家の通用口で普段開かずの門だったのですって。
それが3日にわたって炎上したと。
会津が敗れた後、会津の人たちが移住させられた青森の北地には、今核燃料
再処理工場(六ヶ所村)があって。
・・・あぁ、胸痛。

NHKドラマで時代考証担当の先生曰く
「大河ドラマは決して“正しい歴史”ではない。あくまで歴史に仮託した
ファンタジーです。」ですって、時代考証という枠の中で造られた。
自分のものごとが始まるきっかけ、と。
そのきっかけいただいてる若干一名、ここに(笑

なにはともあれ、
2週続けて見そびれた八重の桜、オンデマンドで見なくっちゃ。。

ぜーんぜん話は関係ないですが
先週ずっと今もまだ体の中でヴェーセンが響いてます、ぐるぐる。
代官山良かったなぁ。
明日の活力にもうひとつ^^



※【5/29追記】
昨夜よほど寝ぼけてたのかコピペミスや誤字だらけでした、お恥ずかしい><
ただ今修正致しました。
読みづらくって、すみませんっ。
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2013
03/04
*Mon*

古事記も出雲も古代建築も

うわぁ、、
忙しさにかまけて1ヶ月日記をアップできないでいたら、スポンサー広告が
出ちゃってました。
これ、なんか心臓に悪い

あれやこれやであっという間に3月ですね。
先週末辺りからとうとう花粉がやってきて、グアバ茶復活のここ数日です。
鼻水対策にいいですょ。

昨日、島根大学主催の古代出雲文化フォーラムに行ってきました。
島根大学付属の病院では、出雲大社の遷宮で撤去された檜皮(ひわだ)の
屋根を炭にして、病室の天上や床に敷いているのですって。
神話の中、大国主命が焼け石を体で受け全身火傷で死にかけたとき、天上から
使わされたハマグリと赤貝の女神。
ハマグリのすり身と赤貝の貝殻を使った治療で大国主命は蘇るのですが。
出雲大社本殿横、大国主の奥さん(須勢理比売命)のお社のそのまた横に
祀られているその看護の女神様方にあやかって、だそう。

漢方専門医の学長さん曰く、ハマグリの身に含まれる成分は今の人工皮膚にも
含まれる成分で、赤貝の貝殻は冷却作用があり、古事記に出てくる薬の知識は
今に通じるのだとか。
因幡の白ウサギに出てくる蒲の穂も然り。
平安時代まで、トリカブトはオウという名で。
出雲の意宇(おう)という地域はそのトリカブトのオウではないか、、等々。

うっかり予定を重複してしまって、フォーラム途中からになってしまったのですが。
学長さん参加の鼎談に間にあって良かった。
古事記も出雲も、やっぱり面白い。

専門家の目と言えば、もうひとつ。
一昨日、奈良女子大上野先生の奈良の世界文化遺産の建築のお話もこれまた
良かった。

図がないのが非常に残念ですが。
まず法隆寺の中門の位地。
一間分正面から左寄りで入口が偶数になっているのは、正面から見た時に
ちょうどその後ろの五重の塔と金堂の間に綺麗に並んで見えるようにではないか。

法隆寺中門
法隆寺中門(Wikipediaより)

今解体修理中の薬師寺東塔も。

薬師寺東塔
薬師寺東塔(Wikipediaより)

三重の塔がまるで六重に見える、スカートの様な屋根の下の屋根、裳階 (もこし)。
なくても充分塔として成り立つ建てられ方だそうですが。
これがあるから、美しい。
これが残っていたから、当時の伽藍の見当がついた。

そして鑑真和上の唐招提寺。
金堂正面、一番外側の柱部分に扉をつけなかったことで、陰影がつき、奥行きが
出きた。

唐招提寺金堂
唐招提寺金堂(Wikipediaより)

建築家なんてまだいない時代に、それを考えた凄い人たちがいる。
この3つはいつ見ても感心する、と。

東大寺の南大門も。
平安の終わり、平家の南都焼き打ちのあと。
スポンサーがなく全国の勧進で復興されたため、節約工夫し建て直されている
のがよくわかるそう。
屋根の不揃いな垂木を隠すように板がつけられていたり。

当時の事情、当時の仕事。
思い、考え、そこに居た誰か。
それこそ、先人との語らい。
心を学ぶこと。

ひとつ知るたび、もう一度。
また行きたくなっちゃうな。
今月と来月とちょこちょこと、また奈良に足を運びますから。
しばし今月も引き続き、残業がむばります(苦笑

あ、
都内には国宝の建築物はひとつだけですって。
東村山にある正福寺。

2013
01/29
*Tue*

「森語りの森(もり)へ」メモ書きより

かつて森の中で。
名も無き誰かが最初に勇気を持って入れたナイフ、それが創造の「創」。
それは人類で最初の、厳かな瞬間だった。
芸術やデザインは特別な人のものじゃない。
創造力は厳かでかそけきもの。
普段は目立たず潜伏して、キラリと光る何かを見つけたら勇気を持って
最初のナイフを入れよう。

傷つけることと収穫と、折り合いをつけて生命は循環していった。
人間が何十何歳まで生きているということは奇跡だ。
昔は生まれてすぐ死ぬことも多かった。
死からでさえ、生まれてくるものがある。
人間はなぜ生きているか。
それは乗り越えてきてるから。
多くの人類の足跡を、融合化・合成してやってきた。

過去・現在・未来ではなくて。
過去と未来を融合可能体にしたものが現在。
生命を生ましめられる動力、現場。
生命に満ち溢れた第3の自然としかいいようのないなにものか。

地球上では、生者より死者の方が多い。
死者たちの知恵の方がずっと、深くて濃くて輝いている。
歴史は亡くなった人たちの歩み。

森には、文明支え死んでいった人たちのパワーが充満している。
突出しているものだけを語るな、突出していないものが大事。
「あたふたするな」そういう死者たちの声が聞こえてくる。

地球は植物と動物と鉱物でできている。
生命循環はお預かりとお返し。
フロド(ロード・オブ・ザ・リング)も指輪を山に返しに行く。

表面に生えてきている華やぎを森だと思ってきたが、その下に根は広がる。
大地の中の命の要素を、植樹することによって地表の外に育て上げる
ことができる。
命のエッセンスを外部に出す人は、技の人、知性の人、心の人でないと
いけない。
心があると知性を持つ、知性があると技ができる。

森の中には精霊がいっぱいいる。
精霊と接触する時は鈴(金属)を鳴らす。
神との接触。
鈴は良いものを集め、悪い精霊を追い払う。
オリンピックのメダルは金属でなくてはいけない、最高のスピリットと接触
した人ということ。

鹿の角(生えかわる)=樹木、生命の再生の象徴。
メイポールも心柱もティンカーベルの杖も、生命をわきたたせる生命の樹。

森語りの森(もり)へ
一昨夜、多摩美大 鶴岡先生の講演会に行ってきました。
聞きながら走り書きしたメモより↑記憶のカケラを寄せ集め。
・・森の聞き書き甲子園みたいには行かないな(苦笑
ケルトにとどまらない、ユーラシア大陸を挟んで西と東をつらぬく思想の
お話。

太陽に向かって飛ぶ鷹は光と再生の象徴。
スカイ・ツリー(生命の樹)には鷹が足りない、
次回はみなさん鹿の角をつけ、鈴を持ち、鷹を腕に留めて・・なんて(笑
いいなぁ、鶴岡先生!!
深くて広くてチカラあるお話に、元気出た。

もっともっと聞きたくて。
ひそかに次回を期待してます。
今年は朝カルの講座にも行ってみようかな。

毎度図書館のお世話になってた「図説 ケルトの歴史」も、、
今回とうとう購入しました ・・・ 今頃

図説 ケルトの歴史

※【お詫び】
1/3(木)の記事にコメントいただいてたKさん
お返事コメをアップしていたのですが、今日見たら消えてしまってました
先ほど改めて入れ直しましたが、大変失礼をいたしましたm(_ _)m

2012
11/26
*Mon*

古代ひしお(醤)体験

菜良美良御膳

白米の上、真ん中にあるのが古代ひしお。(左は奈良漬)
右上鳥の焼物の上には古代ひしおにお酢とお砂糖を少し混ぜたものだとか。
醤油のルーツとも言われる穀醤(こくびしお)というものを、古代の
製法(6世紀の書物)で復元したものだそうです(拍手
このたび『古くて新しい「醤(ひしお)」の四方山話』の講座にて、
お弁当で初体験初試食してきました。
・・嬉し。

奈良時代は日本人がおいしく食べる工夫をスタートした時代、
だそうですが。
その奈良の都、平城京で食されていて、お給料として支給されても
いたそうです。
醤をつかさどる醤院(ひしおつかさ)なんて設置されてたのですって。

原料は主に大豆で。
大豆はお米にひとつだけ足りないアミノ酸を補えるのだと。
古代より日本人の健康を支えた米+大豆の組み合わせ。
お米はひと粒から8粒収穫できるけれど、麦は1粒から3粒の収穫だそう。
お米文化をとったから麹菌が生まれた、麦でなくお米を、
穀醤の主原料に小豆でなく大豆を、昔の人はよくぞ選んでくれました、、
と先生。

稲穂は天照太御神が天から下ろしたと神話にあるけれど。
ほんと、今更ながらに見事で、感心。

醤と酢を混ぜたものに野蒜をつぶして、鯛につけて食べたいんだよ・・
って、万葉の歌を教わりながら。
その時これが食べたかったんだね、なんて。
まるで昨日のことのようで。
『なら食』研究会横井先生のお話、とても面白かったですよ!
『なら食』研究会へようこそ

一瓶(90g)1,500円
一度、思い切ってみようかな・・(考え中

2012
07/21
*Sat*

英国民謡の講座で

すみません、今日は動画だらけ

一昨日、
「英国民謡の伝統と現代」という講座でリュートの音色を初体感。
こちらのおふたりで↓



琵琶やアラブ音楽の楽器ウードとルーツが同じだそうですが。
過去何度か聞いた琵琶の音色よりずいぶん優しくって。
すっかりホグレました、仕事帰り(緩



そして、
あれこれ聞いてたらやっぱり欲しくなって、
今日MUJIの「BGM17/Ireland」買っちゃいました。
引き続き充電中、です(笑




2012
07/07
*Sat*

名がある人もない人も

あっと言う間に。
怒涛の一週間終了、ふぅ。

先週日曜日、金沢文庫に行ってきました。
鎌倉時代に奈良で活躍した僧侶、貞慶(じょうけい)さんのお話を聞きに。
御遠忌800年記念特別展 解脱上人 貞慶 -鎌倉仏教の本流-」展で、
奈良国立博物館 西山先生の講演。

大河ドラマ「平清盛」観てますか?
貞慶さんって、
同日夜の放送、平治の乱で追われ自害した信西(しんぜい)さんのお孫さん。
乱の当時5歳ですって。

それは以前法然さんのお話を聞いたときと同じ、「コノ世ノカハリノ継目」で。
武士の台頭・内乱・相継ぐ災害と、激動の時代。
8歳で興福寺に入った貞慶さんは39歳で興福寺を出る。
「ほんとうにやりたいことがやれない」って。

どうしようもない時代に。
小さな力をたくさん集めて、すべての神様仏様を大切にして。
人を支え国を支えられる本当の仏教を再生し、この世界を変えようと。
由緒あるお寺を復興して。
さまざまな人たちのさまざまな思いに応えられる仏教は時代を越えられる
はず、と。

称名寺
金沢文庫隣り、称名寺

ちょうど同じその日に。
河直美監督のTED×Tokyoスピーチで「名前があるあなたと繋がりたい」
って、想いの言葉を聞きました。
過去を振り返れば、そこに居た人を知れば。
いつでもいつかの誰かにその想いに繋がれる、繋がってる。
過ぎた日を学びながら自分も、そう思う。

名がある(残る)人もない(知られない)人も。
有名な法然さんとも、知らなかったけど、その法然さんを批判したという
貞慶さんとも。
それから、
そこにあったであろう事情と誤解のいきさつにも。
昔も今も「コノ世ノカハリノ継目」に、一生懸命だった人たちに。

文章が上手で、お話が上手で。
声が小さかったという貞慶さん。
きっと喜んでくれてるって、先に開催された奈良博貞慶展のポスターの
デザインについてお話聞いて。
(画像がなくて残念!)
ますます、奈良博大好き。
千年経っても数百年経っても、誰かに喜んでもらえることがある、できる。
知ってる人にも知らない人にも。
今も昔も未来の人にも。

・・全然関係ないですが
少し前、大好きMさんに教えていただいた(ありがとうございました!!)
こちら↓ウェールズの子守唄だそうです。
繰り返し繰り返し、先月クタヨレ心身に沁み渡り。
気持ちよいのでみなさんと、わかちあい^^


2012
06/24
*Sun*

どうでもいい

↑決して、
投げやりではありませぬ(苦笑

奈良のトマトをいただいてきました。
奈良県吉野の丹生川上神社下社、宮司さんのお話で。
奈良農業大学でより美味しくなるよう作られ、神様にお供えした
トマトだそう。
自宅で直会(なおらい)、嬉しぃ!
↓白いのは、お酒で作った飴だとか。

奈良のトマト

日本最古の水の神様は。
かつて雨乞いに黒馬、止雨を祈り白馬を奉り神事を行っていた
そうですが。
今年562年ぶりにお祭り復興。
東日本大震災と紀伊半島水害の被災地復興、水害止を祈り、
白馬を神前に奉られたそうです。

言葉にできない日本人文化。
「言挙(ことあ)げせず」
人には心が有り感情がある。
言い尽くせぬ思い、言葉に出しつくせぬ感情。
それを言挙げて言うには無理があるから言挙げない。
だから、
人の気持ちを察し心を感じて会話する。

時に過去も未来もどうでもいい。
今を大事にするのが日本人。
それは思い患わず、心解き放つ実践。

神様は気枯れを悲しむから。
神様と向き合う時は笑顔で向かい、前向きに姿勢を正す。
気枯れていては、言挙げしない会話もできない。

日本人にある、まぁまぁまぁの裁決。
例えば喧嘩で、まぁまぁまぁ。
間が空いて、落ち着くと心があり感情があることに気づく。
お互い、悪かったと誤る。
キズにならずキズナになる。

日本人はすべていい加減。
各々違う、違うことが正しい。
理論理屈で考えない。
枠にはめるほどバカじゃない、解き放つのが日本人の文化。
みなまで言うな、どうでもいい、と思う。

感謝の対象探して感謝して、自力を上げて来た。
感謝しながら生きて来た民族性。
ひとつとして欠けては今の人生ない。
否定しない、枠にはめない、それが日本人のワザ。

これから日本は変わっていく。
言上げせずが大事。
解き放つ。
今までの我欲で生きると気枯れのもと。
日本人にとっては気づきの時代、ありがたい時代。

・・なんて。
宮司さんのお話聞きながら、かなり気力復活。
実は先月からあれやこれや、身辺気忙しく週末プチダウンが
続いてました。
少しづつ、ペースが戻るといいなぁ。
って、戻します(腕まくり
できる時に、できることから。

そうそう、
今日のお話に出てきた地球交響曲第7番
ワイル博士の場面で感謝と気(氣?)の墨字が出てたそうですが。
全然記憶になし(汗
予告編↓には見当たらず。
機会が有ったら本編、また観たいな。


2012
05/29
*Tue*

お話のあと

今は災後でなくて災間。
津波に流されて、埋め立てられた潟や浦が海に(江戸時代に)
還った。

って一昨日、
東大寺がひとつも出てこなかった東大寺文化講演会(苦笑)、
「震災と宗教」のお話の中で。

明治の初め、おおよそ3,000万だった人口が今や1憶2,800万。
それがこれから100年後、また3,000万くらいになるであろうと。

高台にあった古い神社は生き残り、海辺の新しい神社は流されて。

渚や浜辺は、生と死、人と自然を分かつ境界領域。
供養塔にある「生きとし生けるものすべての命の供養のために、
この踊りを奉納する」
宮沢賢治「原体剣舞蓮」の「打つも果てるもひとつの命」

うまく言葉が出ないのですが。
自然も人も、見えない世界も。
無理は負担を生じて、歪みやひずみはいずれ正されて。
人目線と宇宙目線で違う「よかれ」と時間。

もひとつのテーマ「世界の中の日本仏教と神道」では「日本文化を
どう発信するか」の言葉でお話が始まって。
だからこそ、知りたい知らなくちゃ。
の思い。

何年か前に某所から「日本に聖なるものの大切さを広めるために」
なんてトンチンカンなメールをいただきましたけど。
そんな恥かしい勘違いに、何れそのうち気づいてもらえるように。

思い当たるあれこれと言葉にならないいろいろを。
消化しつつの昨日今日、です。

2012
04/08
*Sun*

歩けば歩くほど

どうやら
自分はキツくて冷たいらしい。
ま、一理ある(笑

蔵王権現

こちら↑奈良吉野の金峯山寺(きんぷせんじ)の蔵王権現のお顔。
1300年前、役行者(えんのぎょうじゃ)が感得した修験道のご本尊。
6/7(木)まで御開帳だそうで。
(、、、行きたーいっ!!)
JRのキャンペーン、始まりました ⇒ 「金峯山寺篇」CM

この珍しい青黒色、内なる仏の大慈悲の色だそうです。
3体並んで、未来・過去・現在。
上から怒りつけて睨みつけて、守護をする。
三世を救済する仏さま。
怒りの奥にある慈悲、互いを認め許す「恕(じょ)」の心。

今日はまほろば館で金峯山寺の法話会だったのですが。
日本橋までいらしてるのは↓こちらの金剛蔵王権現。

金剛蔵王権現

盤石踏む左足は地下の悪魔を抑え国土の流動押さえ、右足は
天地間の悪魔を払う形相、背後の火炎は智慧を表す、と。
・・好きだなぁ。

先月、桜にはまだ早い雨の吉野を歩いてきましたけれど。
山の上方から見下ろした時の霧がなんとなくピンク色で。
つぼみの色か葉の色か。
今に至る蔵王権現にお供えされた祈りの桜、ご神木3万本だそう
ですから!
金峯山寺五條氏曰く
「よその桜と違います。」

共にあるものを共に拝む。
先祖思いながら神思いながら。
大自然が道場。
自分で修行し、自分で得る。
神様も仏様も大切、自分の存在超えたものを大事にする気持ち。
忘れてるものを思い出す。

「歩けば歩くほど、心の底から湧いてくる。」

・・そんな修験の祖、在家の修行者役小角(えんのおづぬ)さん
(役行者)が気になりまして。
ここのところ続けて本を読んでいるのですが。
今読んでるところで、吉野と海人族の繋がりがあるなんて説が出て
きたりして、、、ドッキリ。

そしてまた。
日々時を体験を重ねれば重ねるほど、日常をこなせばこなすほど、
気がつけば見えること浮かぶこと増えていて。
昔諸先輩方が口にしていたことがやっと、身に沁みる腑に落ちる
今日この頃。
(単に、年をとったとも言いますが

歩けば歩くほど。
って。
ちょうど最近、そんな感じです。
あれもこれも歩きのうち、みたいな。

2012
01/21
*Sat*

好去好来の歌

引用長文、見にくくってすみません
どうしたものかと考えたのですが、、とりあえず。
今日の上野先生の万葉講座でお話あった、山上憶良さんの歌。
/の右側が訳文です。
旅立つ人に、旅立ったことがある人に、一緒に読んでもらえたらなと。

好去好来(かうきよかうらい)の歌一首

神代(かみよ)より 言ひ伝(つ)て来(く)らく/神代から言い伝えてきた
そらみつ 大和(やまと)の国は/(そらみつ)大和の国は
皇神(すめかみ)の 厳(いつく)しき国/すめ神々たちも神々しき国
言霊(ことだま)の 幸(さき)はふ国と/言霊の加護ある国と
語り継ぎ 言ひ継がひけり/語り継ぎ、言い継いできた
今の世の 人もことごと/今の世の人ことごとくに
目(ま)の前に 見たり知りたり/まのあたりに、目にも見て知っている
人さはに 満ちてはあれども/人たるものは世に満ち満ちてはいるけれども
高光(たかひか)る 日の大朝廷(おほみかど)/高光る日の朝廷の
神(かむ)ながら 愛(め)での盛りに/神のごとき深慮のままにご寵愛を受けて
天(あめ)の下 奏(まを)したまひし/天下の政にたずさわった
家の子と 選ひたまひて/名家の子としてお選びになられた(あなた)
勅旨(おほみこと)/大命の
<反して、大命(おほみこと)と云ふ>
戴(いただ)き持ちて/降下を受けて
唐(もろこし)の 遠き境(さかひ)に/唐の国の遠き地に
遣(つか)はされ 罷(まか)りいませ/遣わされて旅立たれると・・・
海原(うなはら)の 辺(へ)にも沖にも/海原の辺にも沖にも
神留(かむづ)まり うしはきいます/鎮まってその道を支配したもう
諸(もろもろ)の 大御神(おほみかみ)たち/もろもろの大御神たちが
船舳(ふなのへ)に/船の舳先に立って
<反して、ふなのへにと云(い)ふ>
導(みちび)きまをし/導き申し上げ
天地(あめつち)の 大御神たち/天地の大御神たち
大和の 大国御魂(おほくにみたま)/大和の大国魂の神が
ひさかたの 天(あま)のみ空ゆ/(ひさかたの)大空高くから
天翔(あまがけ)り 見渡したまひ/天翔けて見守りになる!
事終(を)はり 帰らむ日には/官命をお果たしになって帰ろうとするその日には
また更に 大御神たち/またさらに大御神たちが
船舳に 御手(みて)うち掛けて/船の舳先にかの神の手をかけて
墨縄(すみなは)を 延(は)へたるごとく/大工の使う墨縄を打ち引いたかのごとくに
あぢかをし 値嘉(ちか)の岫(さき)より/(あぢかをし)値嘉の崎より
大伴(おほとも)の 三津(みつ)の浜辺(はまび)に/大伴の御津の浜に
直泊(ただは)てに 御船(みふね)は泊(は)てむ/一直線に御船は進んで到着するであろう
つつみなく 幸(さき)くいまして/つつみなくご無事に旅立たれて
はや帰りませ/いち早く帰ってきませ(大使様!)

反歌

大伴の/大伴の
三津の松原/御津の松原を
掻(か)き掃(は)きて/掃いて清めて・・・
我立ち待たむ/我は立って待っていましょう
はや帰りませ/早く帰りませ
難波津(なにはつ)に/難波津に
御船(みふね)泊(は)てぬと/御船が到着したと
聞こえ来(こ)ば/聞いたなら・・・
紐解(ひもと)き放(さ)けて/紐解いて
立ち走(ばし)りせむ/走ってまいります(お帰りになる日まで結んで解くことのなかった紐は、その日は解いて大宴会をばいたしましょう)

天平五年三月一日に、良(ら)の宅(いへ)にして対面し、献(たてまつ)るは三日なり。
山上憶良(やまのうえのおくら)

謹上 大唐大使卿(だいたうだいしきやう)  [記室(きしつ)]
(巻五の894~896)

万葉古代学研究所東京講座1/21上野誠氏「三笠の月」資料より


旅立つ前に訪ねて来た次期遣唐大使に老齢の憶良さんが歌った
はなむけの歌、だそう。
歌と同じ年に亡くなっているところからおそらく、訪問に感激しながらも
病床で力振り絞って「どうぞご無事で」と。

無位無官から42歳で遣唐使に任命され、帰国後貴族となり皇太子の
家庭教師もし、74歳で亡くなったという憶良さんの。
今に遺された言霊語るその歌を聞きながら。
唐に渡るわけでも、船出でもないかもしれないけれど。
(一般庶民だし
故郷を出る(出た)人へ、海の向こうに渡る(渡った)人へ
慣れた場所から動く(動いた)人へ、新しいことが始まる(始まった)人へ
時をまたいで地の子の無事願う、まるで国魂の声のように感じ(潤目

↓こちらの歌も。

天平五年癸酉、遣唐使の船難波を発ちて海に入る時に、親母の子に贈る一首

秋萩を 妻問ふ鹿こそ/秋萩を 妻として鹿は
独り子に 子持てりといへ/独り子しか持たないという
鹿子じもの 我が独り子の/その鹿と同じき わが独り子
草枕 旅にし行けば/その独り子が 旅に出るので・・・
竹玉を しじに貫き垂れ/わたしは 竹の玉を いっぱい通して垂らして祈る
斎瓮に 木綿取り垂でて/わたしは 清らかな甕に 木綿を垂らして祈る
斎ひつつ  我が思ふ我が子/物忌みをして わたしは祈る 我が思う子よ
ま幸くありこそ/無事であれ!と

反歌

旅人の/旅人が
宿りせむ野に/宿を取る野に
霜降らば/もし、霜が降ったなら
我が子羽ぐくめ/我が子を その羽で包んで暖めてやっておくれ
天の鶴群/天高く飛ぶ 鶴たちよ

(巻九の1790・1791)

万葉古代学研究所東京講座1/21上野誠氏「三笠の月」資料より


祈った人がいてそれを遺そうとした人がいて、後に伝わって。
未来の子への祈りとなって、今も生き(活き)てる。
それが万葉集なのだなぁと、まだまだ浅学ながらつくづく。

そして、
憶良さんのもと訪ねた遣唐大使を乗せた一行、遣唐使船ですが。
全4船のうち、流されながらも日本に戻ってこれたのは大使乗せた船と
もう1船。
あとの2船で助かったのは4名だけだとか。
語るも涙の遣唐使、祈るも海渡るも命懸け。
詳しくは奈良博西山先生のコラムが参考に ⇒「はるかに遣唐使を想う

また今日も。
万葉人に泣かされました。

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人生が輝き出す名言集 第2章



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